頭の中のジュークボックス

テーマ曲

「頭の中のジュークボックス」シリーズとは少し違う話なのですが、ある曲と人やある場面が結びついているのはよくある話です。
私はそんな曲を「テーマ曲」と呼んでいます。

テーマ曲その①
「遠い海のかなたに」(五つの赤い風船)
もう遥か彼方のような、昨日のような時代の曲ですが、高校時代友人の友人に借りた五つの赤い風船のライブアルバムで初めて聞いた曲です。
当時、LPからテープにダビングしたんですが無くしてしまいました。
割と自由な校風の高校に通っていたこともあって、気ままに過ごしていたのですが、気の合った友人10人程度といろんなことをやりました。イベントを企画したり、コンサートを開いたり、飲み会開いたり…高校生ですがもう時効ですよね…(笑)
私は彼ら(彼女ら)からいろんなことを教えてもらいました。自分自身で何でこんな思い込みをしていたのだろうと何度気づかされたことか!

テーマ曲その②
「ホームにて」(中島みゆき)
中島みゆきの2ndアルバム「ありがとう」に入っていた曲です。ふるさとを出てふるさとに帰りたい帰れないという想いのこもったこの曲を、下宿生で大学に通った私は涙ながらに聞いたものでした。同じように遠方から大学に来て大学院にいた先輩と「本当にいい曲だね」と語り合ったことを思い出します。

テーマ曲その③
「海を見ていた午後」(ハイファイセット)
大学当時は中島みゆき、荒井(松任谷)由美全盛時代です。
そして赤い鳥から分かれたハイファイセットも荒井由美の曲を受けてヒットしていた時代です。
数年前にオフコースの鈴木康博とかぐや姫の伊勢正三と赤い鳥~ハイファイセットの新居(山本)潤子がトリオで歌っているのを聞いて、タイムスリップしたような感覚に襲われたのを思い出します。
もちろんオフコース、かぐや姫も全盛時代です。(何故か息子が小田和正のファンで昔のオフコース時代の曲まで聴き漁っているようですが…)

あんまり昔の曲ばかりではなんですから最近の曲を

テーマ曲その④
「燕になりたい」(チェン・ミン)
初めて聞いたのは私が未だ前職で、工場に単身赴任している状態の時です。家族と離れて過ごすことを強いられた私にとってこの曲に何度癒されたか知れません。
彼女は私の知る限りでは4度別のアレンジでこの曲をレコーディングしています。
私がはじめて聞いたのはその第2ヴァージョンです。多分このアレンジのこの曲が彼女を有名にしたのだと思います。最新アルバムにもチェン・ミンさんの歌入りのヴァージョンが収録されています。

テーマ曲その⑤
「陽の照りながら雨の降る」(Cocco)
娘からCoccoの「ザンサイアン」を借りてはまってしまったことは以前書きましたが…。
ちょうど一年前ぐらい、仕事も精神的にも最悪の状態でこの曲や、ネット上などでいろんな人とめぐり合えたのはまさに「地獄に仏」状態でした。だから未だにこの曲は良く聞きますし聞くたびに苦しいような切ないような悲しいような感覚が蘇ります。しかし今はそれによって救われた感覚の方が強く思い出されます。

あげればきりが無いのですが、こんなテーマ曲が私にはあります。
皆さんにもきっとこういう曲があるんでしょうね…。

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そら

とってもても好き嫌いの分かれる歌手なんだと思います「平原綾香」さん。

以前にも書きましたが大ファンなんです。

CDショップに行く機会をずっと逸していましたので最新のアルバム「そら」を聞けずにいました。

実は綾香さんは娘と同い年なんです。残念ながら表現者としては綾香さんは随分娘の上に行っています…。

何故すきなのかと聞かれてもなんとも言いようが無いのが本当に所なのですが。

あえてあげるならば、彼女の歌はスイングしながらドライブしているからなのだと思います。スイングはわかると思いますが、「ドライブ」は私の造語です。

感覚としては、例えばテニスの打球が縦に前方向に回転している感覚です。

わたし自身、自分でもたまにそういう歌い方が出来たときはとっても気持ちいいですし、あまりテクニックにこだわらす、歌を響かせることと、思い入れれが生む感覚なんだと思いますが。

平原綾香さんの歌にはそれがあるのです。

だから、内容云々よりもその声と歌い方がが本当にすきなのだと思います。

発売から随分たっているのに初回限定版が買えました…あんまり売れて売れていないのかな…。 

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頭の中のジュークボックス(癒し編)

これも突如登場するシリーズなのですが…。

最近自動車通勤を始めまして、最近の車はMP3対応CDプレーヤーが標準装備で付いていたりしますので、出来るだけいらつかない音楽=いわば癒し系の音楽を流しながら低燃費走行を心がけているわけです。

特に奈良と三重の間には大きな山地があって峠や谷を抜けていきますので、自動車専用道路での低燃費走行には結構気を使います。

そんな時CDプレーヤーに大量に入れた楽曲を癒し系の曲で統一して出来るだけイライラを抑えようと言う作戦です。

CD1枚に数枚のCDが入ってしまいますので、ずっと効きっぱなしでも約1時間の通勤時間は充分にカバーできるのですが。

いま、特にお気に入りが、平原綾香の「From to」に入っている「命の名前」、「オデッセイ」の「明日」、チェンミンの「I Wish」に入っている「我願做一只小燕」、マリオネットの「Marionette Sketch Book Vol.1」の「オールド・ディックの伝説」、sgWANNABE+の「The Sentimental Chord」の「父さんの靴」とCoccoの「ザンサイアン」の「陽の照りながら雨の降る」や、レミオロメンの「南風」、森山直太郎の「さくら」などです。

どれも、割と静かな曲調で、癒されます。昨日は平原綾香の「命の名前」を一時間繰り返し聞きながら出社し「帰りには森山直太郎の「さくら」を一時間聞きながら帰りました。

その音楽たち、アーティスト達が私を事故から救ってくれていると思っています。

(感謝)

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野茨と鳩

晩春になると限ってこの歌を思い出します。特に鳩がほろほろと啼き出すと。

春はふけ 春はほうけて
古ぼけた 草家の屋根でよ
日がな啼く 白い野鳩が
啼いても けふは逝ってしまう

庭も荒れ 荒るるばかしか
人も来ぬ 葎が陰によ
茨が咲く 白い野茨が
咲いても 知られず散ってしまう

おお ほろろん ほろろん
ほろほろ おお ほろほろ

筑後・柳川が生んだ詩人北原白秋の詩「野茨と鳩」の一節です。

本当はかなり長い詩の冒頭部分なのですが、これに田口正和という人が曲をつけ
高石ともやさんなんかが歌っています。

今日は庭で薔薇か咲いているのを見て思い出してしまいました。

Photo_65

詩中にあるような白い野茨ではありません。今日は野鳩も啼いていません。(でも、盛んにポテチ君は啼いています)

八重葎の中で咲いていますが結構綺麗でしょ。

まあ、楽しめるときに晩春を大いに楽しもうではありませんか。

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Me and Bobby McGee

Janis Joplinの歌として有名ですが、Kris Kristoffersonの作ったこの曲を最初に聴いたのは、Ramblin' Jack ElliottやKris Kristofferson自身が歌ったものでした。
高石ともやさんも訳詩したものを歌ってらっしゃいます。

「私」とBobby McGeeがどういう関係なのかは分からないし、なにをしている人たちなのかも分からないのですが、どうもアメリカ中をさまよっているようです。
少なくとも「私」はBobby McGeeを大切に思っているようだが、Bobby McGeeは家庭を夢見て去っていってしまう…。

Freedoms just another word for nothin' left to lose,
自由とは言い換えれば、失う何物も無いこと
And nothin' ain't worth nothin' but it's free,
価値ある何物も無い、それが自由

確かにそのとおりで、皆自由になりたいとか、何かの頚木から離れたいと願うけれども、本当の自由とはそのすべてから解き放たれるということで、それは同時に持っている愛憎もすべて失うと言うこと…。

仏教で言う出家の概念と極めて近い境地で、世尊ゴーダ・マシッダルタはそのために親も子も妻も地位もすべて捨てて出家するのですが…。

しかし、それが世俗の欲というものです。この「私」も私自身も世俗の欲や愛憎から離れて生きることはやはり出来ない。愛情の反対側にある同じ量の憎しみを抱え、物欲の反対側にある嘘や嫌でも強いられる何かから離れて生きることは出来ないのです。

この曲をはじめて聴いたのは、仏典を読み漁っていた頃で(別に私は宗教関係者ではなく、単なる興味でですが)特にこの曲にそんなことを感じたのかもしれません。

久振りに、その頃のことを思い出して、頭の中でこの曲が鳴っていました。

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頭の中のジュークボックス(硫黄島からの手紙)

久しぶりに「LETTERS FROM IWOJIMA」のUSのサイトに入っていました。
普通の映画のHPとなんら変わりないなく、あらすじや出演者スタッフ紹介や壁紙コーナーのあるものですが…。

昨年特に印象深かった映画だけにたびたび訪れます。

音楽にも造詣の深いクリント・イーストウッドは自分の映画の音楽にも参加することが多いのですが、「硫黄島からの手紙」でもそうです。
このサイトでも、物悲しい主題歌がずっと流れています。聞きながらPHOTO GALLERYを見ていると涙がこぼれてきます。

もし同じ感覚を味わいたい方は
http://iwojimathemovie.warnerbros.com/lettersofiwojima/framework/framework.html
をご覧ください。

今日は一日ずっとこの曲でした。

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頭の中のジュークボックス(浜辺の恋)

「海辺の恋」

こぼれ松葉をかきあつめ
をとめのごとき君なりき、
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごときわれなりき。

わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み、

入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。

佐藤春夫の詩です。

実はよく出入りさせていただいている方のブログに庭掃除の記事が出ていたのでふと思い出しました。それからずっとその曲が頭の中で流れています。

かつて、永島慎二原作の「若者たち」がNHKのドラマ化されたときのテーマ曲に使われていたのがこの佐藤春夫の「海辺の恋」に小椋佳が曲をつけたものが使われていました。

永島慎二の「若者たち」は売れない漫画家や詩人や絵描きが東京の阿佐ヶ谷あたりで悶々と生活するという話ですが、ドラマ化されたときは今をときめく市川森一脚本で、森本レオ、下条アトム、岸辺シローなんかが出ていたのを思い出します。

犬童一心監督はずっと映画化を夢見ていて昨年が映画化したそうですが私は未だ見ていません。

永島慎二さんは私にいろんな影響を与えた漫画家ですが、彼の描く繊細なのだけれども破壊的な生き方は人の心を捉えて離さないようなところがあります。

それを佐藤春夫の「浜辺の恋」は象徴しているような気がして、ずっとこの歌は好きな歌です。

もう、どうしても生で聴ける歌ではありませんが、犬童一心監督の「黄色い涙」は見てみたいなと思います。

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頭の中のジュークボックス(Leaving on a jet plane)

Leaving on a jet plane(John Denver、邦題 悲しみのジェットプレーン)

1997年にそれこそジェット機事故で他界されたJohn Denverのデビュー曲だったと思います。ネットで色んなリンクを辿ってPPM版を発見して聞いていました。
この曲を聴くと、高校時代に意識がさかのぼってしまいます。
ギターの名手だった当時の友人が、手書きの歌詞カードをかばんから取り出してギターを爪弾きながら歌ったのがこの曲を聞いた初めでした。PPMのコピーだったのかJohn Denverのコピーのつもりだったのかは解りませんが、平易な英語の歌詞は私にもすぐわかりました。

So kiss me and smile for me
Tell me that you'll wait for me
Hold me like you'll never let me go.
I'm leavin' on a jet plane
I don't know when I'll be back again
Oh, babe, I hate to go.

何故恋人のもとを離れてjet planeで旅立たないといけないのか解りませんが
とにかく彼は最後の朝何故行きたくないのか語られないまま、恋人のもとを去らなければならない状況に追い込まれている…。

歌ってくれた彼が、2度目に歌うとき私は近くにあったタンバリンでリズムを刻み部分的にコーラスをつけて歌いました。

John Denverの「Take me home, country roads」(カントリーロード)は以前「チュウボウの恋」で紹介していますが、この曲でブレークする前は日本では殆ど無名の歌手でした。むしろ反戦フォークの旗手PPMの曲というイメージが強かったように記憶しています。だからきっとPPMのjet plane はベトナムにむかっていたのでしょうが。John DenverはPPMやピート・シーガーなんかと違って、あまり反戦的ではない内容の曲が多いように感じます。むしろ内面での葛藤を描いてたり、肯定的な未来を象徴するような内容を持っています。

今日(1/16)は一日中頭の中でこの曲とGilbert O'SullivanのAlone AgainやFor the Peace of All Mankind (Albert Hammond)が流れていました。

多分、日曜日に9・11のドラマを夜中まで見たせいでjet planeからの連想なのだと思います。そして同時代に聞いた名曲を次々に思い出したのでしょう。
PPMやジョーン・バエズやピート・シーガーは明らかに公民権運動のシンボル的な歌手でした。しかし私が好きだったジャック・エリオットや、更にはウディー・ガスリーは少し違っていましたし、実はその系譜を色濃く引くボブ・ディランもまた系譜的には違うのかもしれません。

まだ、うまく整理できていませんが、自分の中では違ったものに映っていることは確かなようです。

余談ですが名曲Me & Boggy Maggy(Kris Kristofferson)をはじめて聞いたのはジャック・エリオットのLPででした。

とにかく私のその時代は、混沌としていて整理が付かない時代で色んな曲を貪るように聴き、ビートルズやストーンズがどうも好きになれない少年だったことは確かです。

余りまとまりの付かない文章ですが、これだけは確かにいえることで、音楽的にはいろんな試みや実験が行われ混沌としていたことは確かなようです。

もし、時間とお金が出来たら一度整理したいのですが…。

いま、ココログがメンテナンス中なので投稿できませんので、この文章は17日15時以降の投稿になると思います。

ではまた。

Theta2(2007/1/17 1:30)

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4月になれば彼女は

サイモンとガーファンクルの名曲です。-
今日頭の中でこの曲がずっと流れているのですが、このジュークボックスの選曲はよく理由がわかります。
「4月になれば彼女は」は本当に悲しい曲です、失恋なのか死別なのか分かりませんが9月には彼女は死ぬんですから…。
私はこんな悲しい恋愛はやっぱりいやです、ジジ・ババになっても愛しつづけたいと思います。

何でこの曲を選択したのかといえば、それは来年の4月は色んな意味で私の転機になる年だからと思うからです。(亥年だから荒れるのかな?)
娘は就職、私は転職、息子は受験、家内は資格をとる…。少なくとも前半は動乱の嵐でしょう。
だから来年の4月になればどうなっているんだろうって「4月になれば彼女は」を選んだのでしょう。
来年のことを言うと鬼が笑うといいますが笑ってもいいから来年はいい年にしてくださいお願いします鬼さん。

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訳が分からんですよ!

頭の中のジュークボックスの話をよくしますが、今日は何故か何の脈絡も無く
浜田省吾の「もう一つの土曜日」なんですわ。
別には浜省が好きなわけでは決してありません。私より若干年上の彼は広島の出身で、売り出し中のころ、私は大学生で山口に居たもんで、よく山口にも来てましたが、一度も行ったことはありません。昔この曲をカラオケで得意にする人が友達に居ましたが今は音信普通です。
朝から何故かこの曲が頭の中で流れるもので、つい歌ってしまうと家内から「朝から暗くなるから止めてよ」と怒られてしまいました。

昨夜、眠れずに泣いていたんだろう?
彼からの電話 待ち続けて
テーブルの向こうで 君は笑うけど
瞳ふちどる 悲しみの影

確かに暗いですな。

最近あったことといえば、久しぶりに出社したことと、少し前から絶交状態だった友達から絶交は止めようって言うメールをもらったことですが。あんまり関係ないように思えます。訳が分からんですよ。なんか脈絡があるんでしょうがまるで夢のように何がどこでどう繋がってジュークボックスがその曲を選曲するのか。(ちゃんと分かるときもありますが)
でも今日は非常に気分が落ち着いていて、木工作業にも精を出し廃物利用の整理棚を一つ完成させました。

今まで物置部屋と化していた二階の端部屋の整理もほぼ終わり、イゼルローン要塞となりつつあります。

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歌が変わった!

Toyring 午後から家内と買い物に出かけました。2軒回って結局目的のものは見つからず余計なものを買ってしまいました。
帰り際にふと車のドリンクホルダーに目をやるとおもちゃの指輪が…。
駄菓子好きの変な大学生の娘辺りの忘れ物でしょう。

午前中すっと鳴っていたBob Dylanの「Blowin' in the Wind」が急に鳴り止み、頭の中でジュークボックスがヘンリー・マンシーニの「Moon River」に曲を変えたのです。

私「これ、ティファニーにもっていったらネーム入れてもらえるかな?」
家内「変な顔して追い返されるだけよ」

おもちゃの指輪を見ると、「ティファニーで朝食を」(1961年 ブレイク・エドワーズ監督)で、ジョージ・ペパードが駄菓子のおまけの指輪にネームを入れてもらうシーンが浮かんできます。

Tiffanys_1 そういえばオードリー・ヘプバーンもジョージ・ペパードそしてヘンリー・マンシーニももう死んじゃったな。などと一人感傷に浸っておりました。

オードリー・ヘプバーンといえば「ローマの休日」(1953)「麗しのサブリナ」(1954)「シャレード」(1963)… 限りない名作の数々。決して死なないはずの永遠の美少女が1993年に他界されています。

ジョージ・ペパードもこの頃はスリムでかっこよかったんですが、「特攻Aチーム」の「ハンニバル」と同じ人だとは思えない。(でも「特攻Aチーム」は大好きです)「「特攻Aチーム」のリーダー「ジョン・スミス大佐(通称ハンニバル)」もどんな危険な任務でも決して死なないはずなのに1994年に他界されています。

「ティファニーで朝食を」「シャレード」「刑事コロンボ」「ひまわり」…映画音楽の比類なき巨匠も1994年に他界されています。

しかし、作った人々とは別にその映画は永遠に残り続けるのです。
その証明のように、今でも頭の中で「Moon River」が鳴り続けています。


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まだ、風に吹かれているの?

なんか、一日中頭の中を一つの曲が流れているということがありませんか?
頭の中のジュークボックスはBob Dylan「Blowin' in the Wind」(「風に吹かれて」)を選んだようです。

  The_freewheelin_bob_dylan_2

How many roads must a man walk down
before they call him a man

(どれだけ歩けば、人と呼べるだろう)

The answer my friend is blowin’ in the wind
The answer is blowin’ in the wind

(友よ、その答えは風に吹かれているんだよ
その答えは風に吹かれているんだよ)

反戦フォークの代表的な曲だが、今はボブディランの2ndアルバムの「The Freewheelin' Bob Dylan」の中の1曲と言ったほうがいいかもしれません。
私も何度ギターを弾きながらみんなでそして一人で歌ったか数え切れないけれども、今は思い出すことさえ少なくなってしまっています。
風化してはいないけれども、心の奥底に沈んでいるのでしょうか。
(これを歌った世代の皆さんはどうですか?)

最近いろんなことを考えることが多くて…。
政治的なこと
仕事のこと
家族のこと

問題解決のknow-how も一杯覚えて、処世術も覚えて生きてきたはずなのに…。
「まだ何も答えが見つからない自分がやっぱりそこにいる」という感覚がどこかにあります。
Blowin' in the Wind」は「まだ、風にふかれているの?」と私に問いかけているのでしょうか?


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