映画・テレビ

贔屓目か?

ずっとハ・ジウォンさん主演の「ファン・ジニ」を観ています。

まさに贔屓目なのかもしれませんが、彼女はいい!!
子役の娘からすぐに引き継いだのは正解だったかもしれません。
子役の娘も結構いい雰囲気だったですから。

でもハ・ジウォンさんに代わってもその雰囲気は持続したまま違う方向に展開していっています。

確かにハ・ジウォンさんは綺麗な女優さんです。でも私が彼女を好きなのは、単に見目麗しいからではなく色んな表情をその時々で見せてくれるからです。

「チェオクの剣」の時もそうでしたが、今回もそうです。

私の嫌いな顔も見せますし、そうでない表情も見せる…そういう彼女がすきなのだと思います。やはり贔屓目でしょうかね!!

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Never Say Never Again

最近007シリーズの「ロシアより愛を込めて」を久しぶりに見て、やっぱりジェームス・ボンドはショーン・コネリーだなと思ってしまいました。

ジェームス・ボンド役のころのショーン・コネリーが当時の自分にとって好ましい人物だったかどうかは別にして、今の自分にとってはショーン・コネリーのジェームス・ボンドは最高にかっこいいと思いますね。

コネリーの007復帰のNever Say Never Againは彼の最後の007だと思いますが「もう一度はないなんて言わないで」とは題名からしても実に粋なものだと思います。当時53歳今の私より年上です。

もう次はないよ、と言われるのは実につらいことです。人間やっぱり次があるからと思って生きているところがありますので。

やっぱり「Never Say Never Again」ですよね(笑)

もう、ショーン・コネリーに007は無理にしても、私はまだ「Never Say Never Again」の彼の年に達していませんから、まだNever Againとは言いません。

本当に更新がまばらで申し訳ないですが、今日友人と飲んでいて、ふとそんなことを思ったのでちょっと酔った勢いで更新してしまいました。

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最近見た映画(AIKI)

AIKI(2002年 天願大介監督)

結構感動ものでした。

私は物事に対する違ったアプローチを好む性格です。

武術とは相手を倒すための技…技術であることは間違いないと思いますが、何も相手の力と真っ向勝負して打ち滅ぼすだけがそのアプローチではないでしょうというのが「合気道の精神だ」と言うことを学ばせていただきました。

相手を拒絶するのではなくまず受け入れることが「合気」と言うことののだそうです。
その結果として相手は倒れてしまう。
何人の相手が来ようとも相手を傷つけず無能力化してしまうのが「合気」の真髄かとお見受けしました。

主人公は将来を嘱望される新人ボクサーですが事故によって脊髄損傷を患い、下半身不随になってしまいます。

紆余曲折し再び立ち上がろうとしたとき、合気道を知りそこに入門を果たします。

力によらずタイミングや関節の曲げ方や、体の動きに沿った動きで相手を制する合気道は彼の下半身不随による無力感から彼を解放していきます。

これは、私の志向する物事への違ったアプローチと見事に一致する考え方だと思い一気に見てしまい今こうして文章を書いているわけですが。

わたしがこの年になるまで生きてきてやっと悟りえたのは唯一つ「ある考え方の反対側には必ず同じ質と量を持つ違った考え方が存在する」というこの1点だけかもしれません。

つまりこれは何を意味するかといえば、一つの考え方に固執するなかれ、必ず別の解法は見つかります…と言うことです。

以前書いたトポロジー幾何学を生み出したポアンカレの「ポアンカレ予想」の解法はまさにその典型で、いわゆる当時最先端のトポロジー幾何学が解けなかった解法を別の解法によって解き明かされることもあるということなのです。

まあ、私が言いたかったのは、「人生捨てたものではありませんよ」と言うことだけです。

近視眼的に物事を見るなかれ、私は今は常にそのことを座右の銘として生きているつもりですがともすれば自分が自分がと奔走してしまう毎日です。

そういう意味では見てみる価値のある映画だと思います。

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私の好きな映画たち(イルマーレ-アメリカ版-)

観ちゃいました、イルマーレのアメリカリメーク版

「イルマーレ(=LakeHouse 2007年 アレハンドロ・アグレスティ監督)」

若干の設定変更はあるものの、中身は全く同じ話です。

でも中身を知っていても、落ちを知っていても感動するのはやはり元の映画の発想のすばらしさからくるものなのでしょうね。

サンドラ・ブロック少しも私が考えていたような違和感がありませんでした。
失礼しました、大した役者さんでした。

韓国版=チョン・ジヒョン、米国版=サンドラブロック

もともと好きな女優さんではありましたが、私の中でのランキングがこの映画でぐんと上がったのは間違いありません。

双方とも秀作です。

両方ご覧になっていない方はぜひ、片方ご覧になっていない方はぜひもう片方も。

(ここのところ観た映画が全部ヒットしています…大丈夫だろうか次の映画)

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私の好きな映画たち(花とアリス)

久々に観た岩井俊二監督作品でした。

「花とアリス(2004年 岩井俊二監督」

若い女性を描かせると天下一品の監督だと言うことは周知のことです。

鈴木杏、蒼井優という実力派の若手女優の出世作でもあるこの作品はやはり実に淡々と実に奇妙な3角関係を描いた作品です。

只立っているだけで絵になる女優さんをあそこまでさらに魅力的に作り変えるのは並大抵の実力でできることではありません。

圧巻は物語の最後のほうで蒼井優演じる有栖川徹子がオーディションで制服姿でバレエを踊るシーンです。息を呑むような美しさに唖然としてしまいます。

内容には全く触れたくありませんので全く書きませんが、秀作以上の作品かと思います。

機会があればぜひご覧ください。

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私の好きな映画たち(深呼吸の必要)

「深呼吸の必要(2004年 篠原哲雄 監督)」

題名ほどは変わった映画ではないです。極ノーマルな青春映画です。でもこういうものほどないてしまいます。

JALさん提供の沖縄物です。

物語は沖縄のある島のサトウキビ刈りのアルバイトのお話です。そういっただけで内容の想像は付くと言うものですが、それがわかって見ているほうも見ているほうですが(汗)

私的には長澤まさみさんの殆ど台詞のない演技が特に注目ですが、全体として有望な若手俳優を配して秀作以上の出来だったかと思います。

私は沖縄が好きですので、沖縄物には甘いところありますが…。

沖縄のサトウキビ刈り=都会から逃げていくところという設定でお話は進みます。
それぞれの事情を抱えつつ逃げてきた人々の沖縄の春の風景が結構淡々と描かれています。

蟻塚亮二先生の言葉の「寡思多動」を絵に描いたような作品で、都会で抱えた様々なものを「多動」で癒していくのです。
それは今の私にも言えることで、「現代の病み」は「多思寡動」が生み、それがうつ病などの病気を引き起こしているのは間違いないところだと思います。
だから「深呼吸」が必要なのだと映画は私たちに語りかけてきます。

多くは語りませんが、とっても気持ちのいい作品です。見終わった後ああ、沖縄でサトウキビ刈りをしたいなと思わせる作品です。

私は映画評をするとき「私の好きな映画たち」と「最近見た映画」を使い分けていますが、「私の好きな映画たち」と書いたものは私が標準以上と思った作品です。

これは近頃にないお勧め作品かと思います。機会があればぜひご覧ください。

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久々に感動!!

今日は早く帰ろうとしていたら、オダギリジョーくんが

「XXさんちょっと教えてください」

の声に反応して、パソコンでのデータ処理の仕方を教えて、雑談して帰りがやっぱり9時を超えてしまいました。まあ、一子相伝のつもりで彼は育てたいと思っていますので、弟子の問いには絶対の信頼に答えて充分な指導をしてあげなければは私の一つの信念でもありますから。

まあ、オダギリジョーくん(ほんとそっくりです)もそうして聞いてきてくれるのが私にとってはやりがいなのですが。

そんな話ではなくて、帰ってきたらちょうどやっていたNHKの「仕事の流儀」と言う番組で京都の市立高校「堀川高校」の奇跡の学校改革についての番組をやっていました。

中心はその高校の校長先生の荒瀬克己先生でしたが。

その高校は普通科と「探求科」という珍しいコースを設けています。探求科の授業では大学さながらの自分でテーマを見つけてその興味にしたがって自由に研究するということをしているそうです。そのテーマは理科系のものから文科系のものまで様々で、自分が研究したいことを自由に研究させるというものです。

単にその教科を設けたというだけではなく、先生方も真剣にそして真摯に生徒の「知りたい」という望みにこたえるという努力をした結果、毎年国公立大学への現役合格率がうなぎ上りに上昇したということです。

京都はご存知の方も多いかもしれませんが私立>公立の地区で、大学に行きたければ私立に行きなさいといわれる地区です。
その地区で毎年かなりの数の国公立大学への合格を果たす実績を作った「堀川高校」は「堀川の奇跡」と今では呼ばれ、海外からの視察も引きをきらないそうです。

最後のほうで、高校生の環境問題についての国際会議の運営をホスト校の一つとして任されていた同高校の運営を校長はすべて高校生に任せてしまうという決断をしたということが紹介されていました。

教師や、教頭、校長はアドバイスをするだけで基本的には、最終宣言まで高校生だけで纏め上げてしまったのです。

最初は実にぎこちなく大丈夫かなと思われる高校生たちの会議内容でしたが、最後には高校生の責任者が各国との討論を経てその宣言文を発表直前に訂正したいとまで申し出るまで至ったのです。

なんと、高校生が適切な指導でここまでできるようになるのかと…。
その17歳の女子高校生の必至さに思わず感動し涙まで出てきました。

最後に校長先生は言ってました「校長の仕事は黒子です」と。

管理者はそうあるべきだと強く教えられた気がしました。

久々の大ヒットでした。

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最近見た映画(ルート225)

雑食性の私は日本映画も外国映画も面白そうだと見ます。
正直面白くなかったらけなします。どこかで良しと膝を打ったら「佳作」にします。
ですからランキングとしては「駄作」「普通」「佳作手前」「佳作」「傑作」の5段階評価ですかね。

「ルート225(2006年 中村義洋監督)」

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数学のルート225=15=主人公の年齢と国道の225線を引っ掛けた題名なのですが。

主人公のエリ子が弟を迎えに行って、両親の居ないいわゆるパラレルワールドに迷い込んでしまい弟と苦悩する話です。殆ど同じ世界なのですが、友達との関係や両親が不在のことが微妙に違っておりエリたちは必至で元の世界に戻ろうとするのですが…。

人と人との結びつきや関係は自分が思っているより確固としたものではなく微妙に揺れ動いていることを描いているように思います。

やはりこの映画は主人公のえり子こと多部未華子さんの存在感が光っています。

彼女をはじめてみたのは「HINOKIO (2004年 秋山貴彦監督」でしたが、極めてインパクトの強い役をしていました。そしてWOWOWのドラマWの「対岸の彼女」でもとってもインパクトのある演技をしています。たぶん天才子役の一人です。

佳作とまでは行きませんが、見てみる価値のある映画化と思います。ある水準は超えているかと思います。

日本映画は最近とてもがんばっています。見放さないようにして下さいね、皆さん。

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最近見た映画(トンマッコルへようこそ)

最近見た韓国映画の中では一番良い出来で「佳作」と評してよいかと思います。

「トンマッコルへようこそ (2006年 パク・クァンヒョン監督)」

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朝鮮戦争当時の朝鮮半島の話で、激烈な戦闘が繰り広げられている中、世間から隔絶されたトンマッコルに米軍の将校と南と北の朝鮮の兵士が迷い込むと言うお話です。

朝鮮戦争当時ですから、世間は戦争で殺気立っているのですが、山奥の村トンマッコルではそんなこととは全く無関係にのんびりとした時間を送っています。
米軍の将校と南と北の朝鮮の兵士は最初はいがみ合いながらも村人との交流を通じて次第に打ち解けていくのですが…。

劇中北の将校が村長に

「あなたは怒鳴ることなく村人をうまく統制している。その偉大な指導力の秘訣は何ですか?」

と尋ねるシーンがあります。村長は静かに

「たくさん食べさせること」

とだけ答えます。

やがて、村の存続を脅かす事態になっていくのですが…。

中国春秋時代の名宰相として名高い菅仲(菅子)の言葉に「衣食足りて礼節を知る」というものがあります。
この思想がこの言葉の元となっているのだと思いますが、奥深い一言でこの映画を貫いている思いを象徴しているかと思います。そしてその想いが人の胸をうつのかと思います。

冒頭にも書きましたが、佳作と評していい映画かと思います。

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最近見た映画(ハチミツとクローバー)

「ハチミツとクローバー(2006年 高田雅博監督)」

もう随分前から娘と家内がああだこうだといっていたので原作漫画の存在は知っていました。どうも小耳に挟んだところでは「他愛の無い恋愛漫画」みたいで別段原作を読む気にもなれずにいました。

本屋の漫画コーナーにポスターが貼られていて、映画化されたらしいとの事も知っていましたでも別段見る気にもなりませんでした。

先日何気なくWOWOWの番組ガイドを見ていたらその放送があることを知り、主演があの蒼井優である事を知り少し興味を持ち、娘と家内も見たがるだろうと予約しておきました。

主演の「花本はぐみ」役…ああいう役をやらせたら蒼井優は天性の何かを発揮するようですね。とても好演していたと思います。

「硫黄島からの手紙」で憲兵くずれの役を好演していた加瀬亮も好演していたと思います。

西田尚美や堺雅人や利重剛が脇を固めるといった布陣になっていましたが、これが結構効いていたかと思います。

原作を知らないせいか「割と良かった」が感想ですが、佳作と評するには今一歩な作品だったかと思います。

実は原作を娘から借りて少し読んだのですが…あれはどうも受け付けにくいですね(苦笑)

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私の好きな映画たち(マーサの幸せレシピ)

「マーサの幸せレシピ」(2001年 サンドラ・ネットルベック 監督)

ドイツの映画を書くのは初めてです。実際あまり見ることも少ないのですが。

この作品は秀作だと思います。

ドイツのシェフが主人公の話です。ドイツと言うとザワクラウトとソーセージとジャガイモとビールみたいなイメージがあってシェフ=美食と結びつかないイメージがありますが、これは他国の人の思い込みですね(汗)
日本だってスシ・テンプラ・スキヤキですもんね(笑)

主人公のシェフ マーサは街でも有数のシェフ…でも自分の作る料理にフランスのシェフにも負けないものがあるという強い自負を持っています。
あるとき、私生児の女の子を抱える姉が自動車事故で急死し姪を引き取ることに…。

料理一筋で生きてきて子供の扱いが全くわからないマーサは、母親をなくしたショックで食事をしない姪リナに悩み続けるのですが。

そこにイタリア人の料理人マリオが職場に入ってきてやがてリナの心が開いてくる…と言った物語です。

ドイツ人の勤勉さはいまさら言うまでも無く、逆にイタリア人の明るさも言うまでも無く、その対比が面白く、その二人の感性がやがて姪のリサの心に響きあっていきます。

ドイツとイタリア…水と油のような気がしますが、それに日本を加えた三国はいわずと知れた関係です。そういう意味から言っても日本人として大変に興味深い映画であり、そんな関係を通り越して人と人との結びつきは国の云々とは全く無関係に始まり全く無関係に続くのですよ。

極めて精緻に作られた映画ですが、その感情の起伏や人への思いやりの深さの表現が強く見るものの心を打つ秀作かと思います。

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何故だろう?

この間撮った「四月の雪」コピー1回可能の表示が出ていたのに…

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昨日撮った「博士の愛した数式」には出ていない。何故だろう?
簡単にDVDに焼けてしまった。

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私の好きな映画たち(ふたつの恋と砂時計)

「ふたつの恋と砂時計」(2005年 コン・ジョンシク監督)

結構複雑な構成の映画です。だから一度見ただけでは物語を理解できない人が多かったかもしれません。私にしたところで、2回見てなんとなく全貌を理解したしだいで…(汗)

ハ・ジウォンさんが目を曇らせたのですよ!!

本当に久しぶりに彼女の主演映画を見ました。相変わらず濃いけど薄味の演技を堪能しました。(彼女=ハ・ジウォンさんの魅力はそこに尽きると思います。顔も体つきも結構濃厚なのですが演技がさらっとしていて後味が爽やかな感じ。だからこそいろんな役を演じ分けられるのかと…。)

物語は有名な小説「あしながおじさん」を韓国風にモディファイしたものですが、原作の風味はありません。

原作の「どこの誰かはわからない人に援助を受けて成長する」はそのままなのですが、内容的には全く違う物語です。

日本題名の「ふたつの恋と砂時計」は珍しく内容にマッチしたつけ方かと思います。
私は原題名の「あしながおじさん」を引きずって1回目を見たためによく理解できなかったのかもしれません。

「どこの誰かはわからない人に援助を受けて成長する」というシュチュエーションを利用しつつ自由に映画を作ったところにこの映画の手柄があると思います。

申し訳ありませんがハ・ジウォンさんの大ファンなのでこんな見方なってしまっているのかもしれません。

今回は実に冷静さを欠いた映画評かとはおもいますが、ご容赦ください。

ハ・ジウォンさん…本当に大好きです。

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最近見た映画(涙そうそう)

最近映画鑑賞からちょっと遠ざかっておりました。(5/21に書いた「SAYURI」以来です。)

「涙そうそう」(2006年 土井裕泰監督)

はじめは特に見る気も無かったのですが、子役から「世界の中心で愛を叫ぶ」で一躍脚光を浴びた「長澤まさみ」と最早当代一流の人気男優となった「妻夫木聡」競演で少し話題になった映画ですが。まあ見るまでもなくなんとなく流れや結末が想像出来ましたが…。

この主演の二人きらいじゃないです。むしろ好ましく思っている部類に属しています。
ここには登場させていませんが「ウォーターボーイズ」での「妻夫木聡」は結構よかったし「世界の中心で愛を叫ぶ」の「長澤まさみ」も結構よかった。

(まあ、長澤まさみさんは、私のすきなジュビロ磐田のコーチの娘さんですし…吹石一恵さんといい、そんなんが多いですが)

でも、この手の映画に弱かったのを完全に失念しておりました…(汗)

元になった「涙そうそう」は森山良子の詩にビギンが曲をつけたものです。初めてビギンが歌っているのを聞いたのは数年前ですが、なんていい曲だろうと思っていると、その後森山良子さんの夭折されたお兄さんのことを歌った曲だということを後になって知りました。

森山良子さんといえば「さとうきび畑」+ビギンは沖縄出身のブルースバンド=「涙そうそう」だったのですが、いつの間にか夏川りみが歌って大ヒットするではありませんか。隠れた名曲と思っていたところ、沖縄を歌った曲の代表作のようになってしまいました。

結果は押して知るべし…。ぼろぼろ泣いてしまいました(笑)

はじめの数分でこりゃ泣いてしまうなとわかったのですが、やっぱりはめられてしまいました。

おまけで、やっぱり、おばあは「平良とみ」さんでしたね(笑)

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最近見た映画 「SAYURI」

「SAYURI」(2005年 Rob Marshall監督)
かなり評価の分かれる映画だと思います。
日本人が見ると、日本であって日本で無いような世界…これが印象です。日本人が見て日本だと思えないものが許せない人には見ることをあまりお勧めできない映画です。しかし妙なベクトルを中和させながら見ることが出来れば、純粋な恋愛映画として合格点をあげられる映画なのではないでしょうか。花街での栄達というかなり難易度の高い目標を、恋愛というモチベーションで乗り切っていくサクセスストーリーと見ることも出来ます。

しかし、ミッシェル・ヨーと桃井かおりを一緒の画面で見ることになるとは思いませんでした(笑)なかなかよい配役ではと思っています。
いや、全体的にはよい配役だったと思います。チャン・ツィイーのSAYURI、渡辺謙の会長、役所広司の延さん、工藤夕貴のおカボ、コン・リーの初桃。そしてSAYURIの子供時代の千代を演じる大後寿々花さんが一番の拾い物かもしれません。そういえば千代の父親役で昨年お亡くなりになったMakoこと岩松信さんが出ていらっしゃいました。(Makoのことは当ブログの私的中国史講座~第11回~南京事件と砲艦サンパブロで少し触れています)
しかし日本人からすれば渡辺謙と役所広司がちょっとイメージ的にかぶっていたような気がしてなりません。セリフは英語でいいのですから、ここまで日中混在の配役をするのならば、延さんあたりは香港、中国、台湾もしくは韓国から役者さん持ってきても面白かったかなとも思います。

一方プロデュースという視点から見てみれば、スピルバーグの名前がやはり浮上してきます。
セリフこそ英語ですが、殆ど東洋人だけを使って日本独自の世界を描くというのは、「硫黄島からの手紙」のワンステップ前の試みと見ることが出来るようにも思います。時代的にも丁度同じ頃の物語だと言う点でもそう見ることが出来るのかもしれません。

もし、彼自身が監督して日本を描くことがあったらどのように描くのかを見てみたいと思います。

もし、あなたが「こんなの日本じゃない」って言わない人だったら、見て損をするレベルの映画でないことは確かだと思います。

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CATVのこと

CATVを導入するにあたって、NHK教育放送をゴースト無しに見たいというのが大きなの理由でした。

NHK教育放送は侮れない。私が好きなのは「トップランナー」「サイエンスゼロ」、アニメも侮れない質の高いのやってます。最近始まった「電脳コイル」はちょっと期待していますが…。

そして極めつけは「ピタゴラスイッチ」でしょうか。あの仕組みは慶応大学の研究室で実に真面目に周到に考えられた仕掛けだそうで、ちょっと感動物です。

見たことのない方は一度見てください。見たことのある人は黙ってうなずいてください。

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最近見た映画(黄色い涙)

「黄色い涙(2007年 犬堂一心監督)」

やっぱり女性群に囲まれてしまいました、カップルも何組かいたので黒一点とはなりませんでしたが。まあ、嵐が主演なんで当然と言えば当然の結果なのですが、しかし月曜日の昼一番でほぼ満杯状態というのには恐れ入りました。(たまたま今日は涙腺が硬くてよかった)まだ全国で6ヶ所でしか上映しておらずゴールデンウイークに(428日から)全国拡大ロードショーとのことです。

まあ、たまたま大阪に住んでいましたので、早く見られただけですが。

映画は永島慎二さんとまんがに捧げるというメッセージで始まります。製作者・監督・脚本家の思い入れが伺われ思わずジーンときました。

描かれている漫画家「村岡栄介」は「むらおか栄一」ではなく「永島慎二」として描かれています。

永島慎二は貸本まんがからスタートし、梶原一騎原作の「柔道一直線」で注目されるのですが後に降板し描き手が変わってしまいます。この「柔道一直線」は他の永島作品とは全く異質の物です。そしてその後の永島慎二は売れないが良質の漫画を描き続け2005610日に67歳で永眠されています。

劇中「村岡栄介」がひと夏力を込めて書き上げた作品を、編集者にけなされるシーンがあります。そのとき書いたことになっているのが「かかしがきいたかえるのはなし」なのですが…。

これはまさに

シリーズ黄色い涙/SHINJI.GEKIGA.COLLECTIOIN-NO3

として描かれた作品で、永島慎二の代表作の一つでもあります。奇しくも「柔道一直線」と同じ年の1967年に発表された作品です。月に行きたいと熱望する「かえる」と「かかし」の話なのですが、今でもどこかで読めるのでしょうが?

映画「黄色い涙」では、そんな売れない漫画家とそこに転がり込む売れない歌手・売れない画家・売れない小説家の悲惨で滑稽ですらある生活を描いています。

あんな風でもいいからああいうことをしてみたかった私はいまこんな風にしてここでこんなことをかいています。

しかし(お世辞ではなく)二宮君は本当にいい役者さんになりましたですね。
(嵐が演じているとはいえ)今の若い人たちはあんな生活を見てどう感じるのでしょうか?私も大学時代金が無くてどうしようもないと言う経験をしたことがありますので、雰囲気は分かりますが。「嵐」キャーーーで終わりではないですよね?

(おまけで「かかしがきいたかえるのはなし」表紙と映画のチラシを貼り付けておきます。拡大してご覧下さい。)

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これは見たら泣いてしまうかも!

「黄色い涙(犬堂一心監督)」が封切られました。

何度かこのブログでも取り上げている永島慎二さんの原作「若者たち」の映画化…NHKドラマ「黄色い涙」のリメイク…まあどっちでもこの際いいのですが。

犬堂一心監督は「メゾンドヒミコ」でその実力はしっかり見させていただきました。主演の二宮和也君(嵐)もその実力のほどは「硫黄島からの手紙」で充分見せていただきました。

実はこの原作「若者たち」を読んで、阿佐ヶ谷と言うところにあこがれたものでした。しかし実際に同じ杉並に住むことになり頻繁に行くことになるとは、そのときは夢にも思っていなかったのですが。

この「黄色い涙」という題名は、実は永島慎二さんの漫画にそういう作品があるわけではなく、一連のシリーズとして書いていた作品群なんです。永島慎二のイメージから「黄色い涙」としたのは、最初にドラマ化されたときに付けられたのですが、(もしかしたら脚本家の市川森一さんが付けたのかもしれませんが)なかなか題名としては秀逸かもしれません。

観に行きたいと思いますが、主演があの嵐ですので、女の子の中にぽつんと一人おじさんがと言う風景はちょっと…ですね。
その上泣いてしまうかも(涙腺かなり緩めですので)
…少し恥ずかしいかな。

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最近見た映画 (デイジー)」

少し映画から遠ざかっていました。見る気分にならなかったと言うのも事実ですが、実際見たいと思えるような映画が無かったのも事実です。

久しぶりに韓国映画「デイジー(2005年アンドリュー・ラウ監督」を見ました。

オランダの風景の中の韓国人…どういう感じなのか、公開当時から興味はあったのですが、見に行くまでには至らなかったのです。今回TV放映があり家内が撮ったものを見ました。評価はともかく、主演の3人(チョン・ウソン、チョン・ジヒョン、イ・ソンジェ)はうまくオランダの風景に溶け込んでいたという印象でした。

さすがに「インファナル・アフェア」のアンドリュー・ラウその映像美には秀逸なものがあったと思います。欧州の古い町並みの描写、田園風景の描写、そして、お得意のアクションシーン…。

チョン・ジヒョンさんは「猟奇的な彼女」から大人の女優さんに近づいている感じがしました。

惜しむらくは、描きすぎの映画です。これは単に韓国人と日本人との嗜好の違いによるものなのかもしれませんが、日本人はどちらかと言えばもっと余韻を残す方を好みます。

更に、少しミステリー仕立てになっているのだからもう一歩踏み込んでほしかったと思います。最後にどんでん返しを付けるべきだったのでは…。

まあ、チョン・ウソンやチョン・ジヒョンのファンには一見の価値はある映画だとは思います。

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ゾウ語のはなし

造語ではないですよ、ゾウ=象の言葉です。
世の中には変わった研究をしている人がたくさんいるもので、アフリカゾウの言葉を研究している人がいるというのを今日のNHKのTV番組ではじめて知りました。
もう70語ほど解読できているらしいです。
それよりも何よりもゾウが会話していたという事実にまず驚かされました。母ゾウが子ゾウに教えるのだそうです。だから、親ゾウが人に殺され孤児になった子ゾウをひとが育てているらしいのですが、このゾウたちはゾウ語がしゃべれない。
ゾウにも挨拶の言葉があって、この研究者(ジョイス・プール博士という人で、30年もこの研究しているらしいです)がよく観察している群れに行ったら、ゾウ語で「こんにちは」と挨拶してくれるそうです。
近年いろいろな研究成果から言葉を操ってコミュニケーションしているのは人間だけではないことがわかってきているようですが、ゾウにも言葉があって、かなり細かいニュアンスまでやり取りしているようです。
ゾウが人ともある程度コミュニケーションが取れることは、たとえばタイのゾウ使いを見てもわかります。ここからもかなり知的な生物だということ窺い知れますが、言葉を操る生物だったとは知りませんでした。人の耳には聞こえない低周波(20Hz以下)も巧みに使って会話したり群れを統率したりしているそうです。
一時期ペットの気持ちがわかる機械がはやったことがありましたが…このときはかなりの眉唾っぽいものだと思っていましたが…。今日のこのドキュメンタリーを見て少なくともゾウは、共通の言葉をもっていて群れの中、群れ同士コミュニケーションも取れているのだそうです。そして方言もあるらしいこともわかってきているそうです。九州弁のゾウとか関西弁のゾウとかいるんでしょうね(笑)
もしかしたら近い将来、ゾウと何らかの機械を使ってコミュニケーションが取れるかもしれないですね。ちょっと未来にはゾウとe-mailするのがはやっていたりして(笑)
でも、このジョイス・プール博士の研究は貴重なものです。たぶんその世界では著名で有名なものだったのでしょうが、今日までまったく知らずにいました。
久しぶりに追いかけたい話題が出てきて大変満足でした。
これ、BS-Hiでしたからそのうち地上波に降りてくるでしょう。そのときは録画しなければ…。

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私の好きな映画たち(恋人達の予感)

久しぶりに「恋人達の予感(1989年 ロブ・ライナー監督)」を見てしまいました。

実はこの題名が大嫌いで(「藍色夏恋」より嫌いです)元題名の「When Harry Met Sally・・・」まあ「ハリーがサリーに会った時…」とか「ハリーがサリーに合ったなら…」と直訳した方がどれだけ良いか知れないと思いますが、また配給会社のバカヤローが変な題名にすり替えてしまっている。

まあ、それは別として、この「When Harry Met Sally・・・」 はいわゆるメグ・ライアン(当時28歳)の出世作ですね。相手役がなんとあのビリー・クリスタルですから。

ハリウッド的にはメグ・ライアン×トム・ハンクスもしくはメグ・ライアン×デニス・クエイド(後に結婚そして離婚してますが)なんでしょうけど、(後にラブコメの女王とまで呼ばれるようになる記念碑的な作品ですが)相手があのビリー・クリスタルだというのがとってもCoolだと思っています。

まあ、内容的にはいかにしてサリーとハリーは結婚に至るのかというありきたりな話なのですが、その舞台設定、両者の性格、哲学的ともいえる両者のこだわりで味付けされた、実に洗練された恋愛映画だと思います。

メグ・ライアンももうラブコメに出られる年ではなくなっていますが(46歳)、そこからとうとう脱皮できないで終わってしまいそうな…。片やもと旦那のデニス・クエイドはどんどんハリウッドでの存在感を増しているように思うということは以前どこかで書いたような気がしますが。

「恋におぼれて (1997年グリフィン・ダン監督)」を見たとき、映画自体はけっこう面白くって、マシュー・ブロデリックも結構好きな俳優さんですので良かったんですが、「ああもうラブコメは辞めた方がいいな」と思ったけど(当時36歳)まだまだ取り続けているみたいで…。(「You've Got Mail」=37歳も「ニューヨークの恋人」=40歳もその後ですもんね)

まあ、私より若いと言ってもそう変わらない年齢ですからね(ちなみに誕生日は同じですが!!)

まあ、今後どうなっていくのか興味があるっちゃありますが、女優さんの場合は一度色が付くと抜けるのに一苦労以上するんだろうなと思いました。…なんか、最後はメグ・ライアン批判になっちゃいましたが、この映画「When Harry Met Sally・・・」はお勧めです!!

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アメリカン・ニューシネマの時代と今

映画発祥の地はフランス人はフランスだとアメリカ人はアメリカだと思っているのだと思います。フランスの「リュミエール兄弟」もアメリカの「エディソン」も共に映画の父と呼ばれていますから。

その原理はどちらにしろ19世紀末に確立され、無声→トーキー→カラー→ワイドスクリーン→ビデオと発達して現在に至っているのですが…。

内容的にも娯楽的なものから芸術的なものまで幅広いのですが、1950年代末ごろに先ずフランスで実存主義の影響下いわゆるヌーベルバーグ運動が起こります。(ゴダールやトリュフォーが有名です)
少し遅れてアメリカでも1960年代半ばごろからアメリカン・ニューシネマと呼ばれるものが登場してきます。

それまでの映画が描いてきた善人はあくまで善人、悪人はあくまで悪人と言った描き方を廃して、善人と呼ばれる人たちも、悪人と呼ばれる人たちも人間として描くという描き方をするという運動だと自分なりに解釈しています。
また、無名に近い映画人が低予算で作りたいものを作るという特徴を持っています。

その先駆けとなったのが「俺たちに明日はない (1967年 アーサー・ペン監督)」です。
まさに実在の銀行強盗のボニーとクライドの実像を描こうとした作品です。
それまでは犯罪者が生き生きとした人間として描かれたことが無かっただけに、観客は衝撃を受けたのです。
アカデミー助演女優賞、撮影賞受賞です。
当時名優の名をほしいままにしていたシャーリー・マクレーンの出来の悪い弟と呼ばれていたウォーレン・ベイティが1961年の草原の輝きに続いてヒットさせてもうシャーリー・マクレーンの弟とは呼ばせないと言わしめた記念碑的作品でもあります。(草原の輝きは好きな映画のTOP10に入る映画で大好きなナタリー・ウッドの主演でもありますのでまた別の機会に)

卒業(1967年 マイク・ニコルズ監督)」は花嫁強奪をやってのけるダスティン・ホフマンが実に印象的に登場します。
マイク・ニコルズがアカデミー監督賞受賞で、サイモンとガーファンクルを一躍有名にした映画でもあります。(当時一番のご贔屓の女優さんのキャサリン・ロスが奪われる花嫁です)

明日に向かって撃て!(1969年 ジョージ・ロイ・ヒル監督)」これは今までの西部劇の作り方を変えてしまうほど強烈な印象を観客に与えました。実在のブッチ・キャシディーとサンダンス・キッドとその恋人エッタ・プレイスを描いた作品です。アカデミーは主題歌賞のみです。
このときサンダンス・キッドを演じたロバート・レッドフォードがその名前を冠した「サンダンス映画祭」を主催し、若い映画人の育成に力を尽くし、自らも映画制作に今も携わっているのは有名な話です。(またまた、当時一番のご贔屓の女優さんのキャサリン・ロスがエッタです)

イージー・ライダー(1969年 デニス・ホッパー監督)」
かの名優ヘンリー・フォンダの息子、ジェーン・フォンダの弟(実は私の好きなブリジット・フォンダのお父さんなんですが)主演で出来の悪い馬鹿息子の汚名を返上したので有名です。なんとあのデニス・ホッパーが監督しおまけにあのジャック・ニコルソンまで出ています。
まあ、反社会的を絵に描いたような中身で、アメリカン・ニューシネマというと私はこの映画が先ず頭に浮かびます。
特にコカインの密売で大もうけした主人公達が腕時計をすて、金があれば自分達はもう時間に縛られないと象徴させるシーンを今でもよく思い出します。アカデミーはノミネートだけで無冠です。

そして1969年にもう1本「真夜中のカウボーイ(1969年 ジョン・シュレジンジャー監督)真夜中のカウボーイとは肉体美だけで都会では生活できると信じたジョン・ボイド演じるカウボーイとイタリア系移民の詐欺師(ペテン師)のラッツオ(鼠)ことダスティン・ホフマンのお話です。(夢のフロリダまでは遠いのです…)見事アカデミー作品・監督・脚本賞受賞の傑作です。

フレンチ・コネクション(1971年 ウイリアム・フリードキン監督)」
暴力警官ポパイがフランスがらみの麻薬密売組織を追い詰める物語です。
あのジーン・ハックマン、「俺たちに明日はない」で主人公の兄役で出ていましたがこの作品でいきなり主演男優賞を受賞。まさに何でもできる俳優として大活躍していくのきっかけを作った作品です。クリント・イーストウッド監督の「許されざるもの」でも助演男優賞を受賞しています。
この作品自体はアカデミー作品・監督・主演男優・脚色・撮影の5部門受賞の傑作です。

カッコーの巣の上で(1975年 ミロッシュ・フォアマン監督)」ではジャック・ニコルソンが粗暴がゆえに精神病院送りにされる主人公を好演しています。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の主要5部門獲得の快挙をなしています。
監督のミロッシュ・フォアマンはチェコの出身ですが、いわゆる「プラハの春」のソ連のチェコ侵攻でアメリカに渡りアメリカ市民権を獲得した映画監督です。後に「アマデウス」でもアカデミー監督賞を受賞します。

そして、同じ年に少し精神を病んだ元海兵隊員を描いた「タクシードライバー(1975年 マーティン・スコセッシ監督)」で ロバート・デニーロ登場となります。またこの映画では13歳の娼婦役でジョディ・フォスターが出ているのも話題となりました。
パルム・ドールは取ったのですがアカデミーでは無冠です。

この映画「タクシードライバー」が最後のアメリカン・ニューシネマと言われています。

主な作品は以下です。(制作年 題名 監督)

1967年 俺たちに明日はない アーサー・ペン
1967年 卒業     マイク・ニコルズ
1968年 ワイルドバンチ    サム・ペキンパー
1969年 イージー・ラーダー   デニス・ホッパー
1969年 明日に向かって撃て!   ジョウジ・ロイ・ヒル
1969年 真夜中のカウボーイ   ジョン・シュレジンジャー
1970年 いちご白書    スチュワート・ハグマン
1970年 ファイブ・イージー・ピーセス  ボブ・ラフェルソン
1971年 フレンチ・コネクション   ウイリアム・フリードキン
1973年 破壊!     ピーター・ハイアムズ
1973年 ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー ジョン・ハウ
1975年 カッコーの巣の上で   ミロシュ・フォアマン
1976年 タクシードライバー   マーティン・スコセッシ

何れもいわゆるヒーローの登場しない映画で強盗だったり詐欺師だったりヒッピーだったり暴力警官だったりします。

こう見ていくと結局自分の撮りたいものは何なのか?自分の演じたいものは何なのか?と問いかける運動であったのかもしれません。
それはまさに映画に限らず創造的な仕事の原点といえるのだと思います。
それを忘れたところに真実は見えてこないし、人々は評価してくれないのでしょう。だからテーマの向いている方向は偏見や権力の横暴や反共や公民権運動や人種差別だったりします。

また、監督や俳優が実はマイノリティーだったりすることが多いですが、これはやはり、以前「硫黄島からの手紙」でも書いたように、真に困難な境遇に遭遇した人は真実は一つではなく、ある真実の反対側に同じ量と質をもった別の信実が存在していることに気が付くきっかけを生来持っているということなのかもしれません。

時代背景がそのようなものを描かせたということもあるでしょう。
1963年にケネディー大統領が暗殺され、公民権運動が盛んに行われ、1961年にベトナム戦争が勃発し1973年に終結するまで泥沼のような状態だったことは良くご存知だと思います。1969年にアポロ11号の月着陸が明るい話題とされましたが、軍事技術の発展と表裏一体なのです。
いうなれば強いアメリカに影が差した時代と言えるのではないでしょうか。

これを書くのを思い立ったのは最近久しぶりに「明日に向かって撃て!」を見たからなんですが、ベトナムをイラクに置き換えたら今の時代に少し似ているようにも思います。
2001年の9.11事件、泥沼化するイラク戦争とそれをやめようとしない大統領。

しかし、成果の上がらない戦争に対しての苛立ちや、戦争そのものに対する嫌悪感は同じでも、冷戦時代の終結を受け、向いている方向が独裁政権やテロリズムになっています。

(決して怒りをイスラムに向けてはなりません。イスラム=テロリズムが何故か非イスラムの人たちに刷り込まれてしまっている今日の状況です。それは北朝鮮=朝鮮人=悪の枢軸と似ていますが決して間違えてはいけないことです!!)

しかし、クリント・イーストウッドがやったようにイスラム(ミスリム)の視点から今を描くということを近いうちに誰かがやるかもしれません。
そしてその意味ではアメリカはそれくらいの度量のある国であってほしいものです。

来年2008年は大統領選の年で、ここがかなり色々なことのターニング・ポイントとなると思います。

さて、映画の話に戻りますが、昨年クリント・イーストウッド監督が硫黄島2部作を撮ったのはやはりイラク戦争と無関係ではないと考えます。
彼は、共和党員ですが、どちらかといえばリベラルな考え方の人で、また実際に朝鮮戦争で従軍経験もあり戦争自体の悲惨さは身をもって体験している人です。
自分の描きたいもの=描かなくてはいけないものを描くという点でもそうですし、映画制作費的にも低予算で見事な映画が作れることを再度証明したような映画だという意味でもニューシネマ時代の映画と似ているとは思います。それを、娯楽映画の象徴のような「ダーティー・ハリー」のクリント・イーストウッド+「SFXの映画小僧」のスティーブン・スピルバーグがやったわけです。
反対に最後のニューシネマと言われる作品を撮ったマーティン・スコセッシが「大予算化」「アイデアの枯渇→リメイク」の象徴のような「ディパーデット」(インファナルアフェアのリメイク権を史上最高額でブラッド・ピットが獲得したことは有名ですが)ニューシネマ常連のジャック・ニコルソン(「イージーライダー」や「カッコーの巣の上で」に出演)などを使って撮る。実に奇妙な現象が起こっています。
「硫黄島からの手紙」はすでにナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞、第32回ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀作品賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞しています。
第79回アカデミー賞は「硫黄島からの手紙」「ディパーデット」は作品賞にも監督賞にもノミネートされています。さあ、どれが選ばれるのでしょうか?興味深いところです。

まあクリント・イーストウッドの3回目の監督賞受賞はわかりませんが、作品賞は「硫黄島からの手紙」がとり「ディパーデット」はご苦労様でマーティン・スコセッシが妥当な線のような気がしますが。

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春のワルツ 第18話について

先ほどかいた記事でCATV導入最初の録画が「春のワルツ」18話だったのですが…。
録画は出来ました。(その前に随分練習しましたから)
今日見てみると、ステレオで日韓両国語で録画されていまして、日本語で見ようと思ったらステレオを左に極端にバランスしないといけなくなってしまいました。
まあ、ちゃんと取れていたからいいとしますが、CPRM対応のDVDしか受け付けなくなってしまいました。DVD-RWのディスクがあったのでそれにダビングしましたが。

コンテンツを作る方々の著作権収入のことは理解できますが、何も次から次へとプロテクトを掛ける必要があるんですかね。多くの人たちは自分で楽しむためにしか録画していないのに、それをこんな形で制限してしまいPCに取り込んで編集すら出来ない形にしてしまう。

まあ、それはさておき…

ウニョンが、フィリップからことのすべてを聞いてしまいました。
ウニョンはすべてを諒解したようですが、あと2回ですべてのわだかまりを氷解出来るのでしょうか?

次はちゃんと取るからね「ウニョン」

今日は韓流フリークのtheta2でした。

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私の好きな映画たち(墨攻)

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久しぶりに重厚で中身の詰まった中国物の映画を見た思いです。
「墨攻」(2006年 ジェイコブ・チャン監督 中国・日本・香港・韓国合作)
中国を描いた日本の小説が漫画化されそれに感銘を受けた香港人の映画監督が、香港・中国・韓国・台湾の俳優やそれに日本を加えた国のスタッフを使って描くというまさに東アジアの映画関係者の総力で作り上げられた作品です。きっとそのどの国でも受け入れられる内容を持ち人々を感動させうる作品に仕上がったといえるのではないでしょうか。
私は、酒見賢一の同名の原作を数年前に偶然に手にして読んだときの感動が蘇ってきました。それは、漫画化されたときにも味わったもので、都合概ね3度同じ内容で感動を味わったことになります。
根本は酒見賢一の「墨攻」ですが、それぞれ当然別の味付けの「墨攻」となっていることはいうまでもありません。
はじめの「墨攻」は字の世界ですので、姿や動きを想像するしかない。2番目の漫画化で初めてその形が現れ、最後に映画化されて生身の革離が姿をあらわしたということです。

時代背景はこのブログの「中国映画を見るための私的中国講座」をご参照いただければおわかりいただけるかと思いますが、時代は紀元前の中国の戦国時代(東周末)今では諸子百家のひとつとして文字や言い伝えの中でしか残っていない墨子のおこした墨家集団の一人である革離なる人物が大国「趙」に攻められる小国「梁」を守るために奮闘する物語です。
墨家は兼愛・非攻を旨とすることをその信念としてもち、請われればどの国にも出かけて身をすり減らしてその国を守るのです。そのことから堅く守ることを「墨守」という言葉が生まれたことは有名な話ですが。

中身については触れません。

特に劉徳華(アンディー・ラウ)さん演ずる主人公「革離」は秀逸でした。「インファナル・アフェア」の華麗なアンディー・ラウからストイックで美のかけらも無い「墨攻」アンディー・ラウ…優秀な役者さんというのはすごいものだと思わずにはいられません。
それに対峙する趙の将軍「巷淹中」は韓国の名優 安聖基(アン・ソンギ)さんです。まさに立っているだけで存在感のある二人が知力を尽くして梁城攻防をする。(アン・ソンギさんは寝ているだけの役で日本映画にも出ておられましたが)

原作には無い逸悦という女性の戦士が登場するのにはちょっとびっくりしましたが、娯楽映画的なスパイスとしては、単にストイックなだけの革離よりはむしろ新鮮だったと思います。演じている中国から参加のファン・ビンビンさんなかなかキリッとしつつも色気のあるいい女優さんですね(笑)
また、台湾から参加の子団役のウー・チーロンさんはなかなかの存在感を示していたと思います。(才能を見抜いてくれた革離を最後まで擁護する役です)
韓国から参加の梁適役のチェ・シウォン君原作ではもうちょっといやみな役なんですが、いいところを持っていってしまいましたね。(春のワルツではアホな弟役なのに、王子様かよって感じですが)

若干不満な点を申し上げると、戦国時代は丁度「青銅器時代」から「鉄器時代」への変遷期ですので、いくら大国の趙といえども1兵卒まで鉄器を持っていたとは考えにくいと思います。鉄の槍や鉄の剣(両刃のものです)そして鉄の戈でしたが、多分実際の戦闘で使われたのは青銅のものだったろうとは思います。そしてこの時代の武器はやはり戈が中心で、「剣」(両刃)よりは「刀」(片刃)の方が多かったと聞きます。用いられているのは「剣」ばかりでした。まあそれは殆どの人が気づかないことだから良いとしましょう。

まさに東アジアの力を合わせた佳作の誕生といってよいと思います。

中東やアフリカで戦争の耐えない昨今ですが、そういう時期にこそこういう映画を皆が見て戦争の愚かしさに気が付いてくれればと思うのですが。

ご興味を持たれた方、ぜひ映画館に足を運んでください。惜しくも上映中に見逃された方は、DVDをレンタルしてでも見てください。本当の佳作ですので。

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つい見てしまうもの

最近日本の映画は最近良く見ますが、TVドラマというやつを一切見なくなりました。
やっぱり余り面白くないんですよ。
見るとしてもWOWOWのドラマWぐらいです。
最近放送された「MBO」はなかなかの力作でした。というより本当は森口遥子さんが好きなんで(笑)

この間も書きましたが韓国のTVドラマ「春のワルツ」はつい見てしまう。
どうもやはりあの儚げなウニョン役のハン・ヒョジュさんが魅力的なのだと思います。

結局、私の本の読み方や漫画の読み方や映画やドラマの見方は登場人物にどれだけ思い入れできるかにかかっているようです。小説を読んでいても一応映画化した際の配役を決めて読んでいるようなところがある。

例えば「ダヴィンチ・コード」は原作を先に読んで、主人公は40台ぐらいのハリソンフォードの設定だったところ、トムハンクスだって言われて、結局未だ見ていません。(トムハンクスは大学教授ってタイプじゃないでしょう)

「春のワルツ」はつい見てしまうんですが、最近の自己分析ではハン・ヒョジュさんが誰かに似ているのかもしれないと思ってその誰かを探しつつあるのですが、ぴったりした人が未だ特定できていません。(何人かには絞ったのですが)

明日第13回が放映予定ですが予告を見ると問題の「青山島(チョンサンド)」でチェハとウニョンの再会があるようで…。

見ていない方にはちんぷんかんぷんの話でしょうけど…。

さあ、どういう展開になるのでしょうか。(ユン・ソクホだからな~。今までのもの見てもあまりハッピーエンドにはしないんだろうな)

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最近見た映画(サマータイムマシン・ブルース)

ここのところ映画ネタでは若干暗めの物が続いてしまいましたので、軽めのコメディーを1つご紹介。
サマータイムマシン・ブルース(2005年 本広克行監督)
実はこれもまた2005年組なんですが…。
また、上野樹里さんが出ている映画です(相性がいいというか、何故か行き当たってしまうというか、何か何本も観ているとファンになってしまいそう!)

余り期待しないで観たんですが、これが結構面白い。
もしもタイムマシンがあったならばという発想で作られたものは多いですが、まあその意味から言ってありがちな話ですが、それを実にうまく使って面白おかしく仕上げている作品です。

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舞台はとある大学のSF研究会の部室で、いつの間にか部屋の中にタイムマシンが現れ、それに乗ってほぼ2~3日の間を人が入れ替わり立ち代り行き来するというお話なのですが…。まあ、この手の話には付き物のいわゆる「タイム・パラドクス」ってやつがテーマになっていまして、「過去を変えてしまうと、今が変わってしまう。下手するとこの世が消滅してしまう」って話になって、登場人物が右往左往するのですが…

どうも、殆ど部室まわりの画しか出てこないなと思ったら、元は舞台演劇からの映画化だったようで、妙に納得してしまいました。
中身をばらしてしまうと全く面白くないので言いませんが、なかなかに秀逸な出来ですので、肩の凝らない作品をと思ったら一番のお勧めです。
これから年末年始、どこにもお出かけの予定のないお方は、ぜひレンタルの中に一本加えておいてください。(カワイイ上野樹里さんも出ていますからね!)

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私の好きな映画たち(ミリオンダラー・ベイビー)

私は格闘技があまり好きではない。シナリオ通りのショー化されたものが殆どのように思われるからで、それならば荒唐無稽なカンフー映画を見ていたほうがよほどましだと思う。
でも何故かボクシングだけは別格の格闘技だと昔から思っている。拳だけでそれも上半身のみを殴りあう、ルールは単純で、基本的には最後にリングの上に立っていたものだけが勝利者となる。それまでのジャッジの点数にかかわらず、一発のパンチで、相手をマットの上に鎮めてしまえば勝者となる。いくら採点で優位でも一発のパンチで常に逆転されてしまう危機をはらんだ緊張感が好きだ。

「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年 クリント・イーストウッド監督)
物語は終始ジムの雑用係のスクラップ(モウーガン・フリーマン)の重厚なモノローグで進められる。

フランキー(クリント・イーストウッド)がトレーナーを務める試合を見たマギー(ヒラリー・スワンク)は「自分はタフなボクサーだからトレーナーになってくれ」とフランキーに懇願するが「Tough ain’t Enough」(タフだけでは足りない)と一蹴される。
その言葉はフランキーの部屋の壁にも書かれているがその意味は次第に明らかになっていく。

マギーはそれでも、フランキーのジムに通い続けるが断られ続ける。しかし次第にスクラップの助力やマギーの熱意にほだされ、トレーナーとして指導をするようになる。
色々な技術を教えるが「一切の質問はお断りだ」という。そして「ルールは、“常に自分を守る”」それだけである。
トレーナーとしてもてる基礎をすべて叩き込みめきめきと実力をつけたマギーは連戦連勝するのだが…。

多くのボクサーは常に自己矛盾に直面している。何のためにファイトするのか=自分や家族のより良い生活のため、究極の目的は=チャンピオンになること、チャンピオンになるためには=強豪に挑戦し身を危険にさらすこと、それらがすべて矛盾しないで成立することは不可能なことは誰の眼にも明らかだ。

「Tough ain’t Enough」(タフだけでは足りない)と「ルールは“常に自分を守る”」は表裏一体で、「人が生きるということは何を意味するのか」を問いかける謎の一種と考えてもいいだろう。

私の好きな女優ヒラリー・スワンク演じる「マギー」、「スクラップ」ことモーガンフリーマン、「フランキー」ことクリント・イーストウッド。彼らの演技は重厚そのもので、その年の映画賞を総なめにした。

同監督の「許されざるもの」を知っていて似た匂いのするこの作品を観るのを躊躇っていたのだが、「硫黄島からの手紙」を観て、改めてこの作品を観ることにした。

「人間が生きていくことの意味は、他人の価値によって左右されるべきものでないこと」、そしてこれはもっと重要なことかもしれないのだが、そのこと自体が人とのかかわりの中でしか生まれ得ないものなのだということ。
クリント・イーストウッドはただ俳優として出た映画とは裏腹に、自らが監督する映画では淡々と語られるものが多い。それは監督自身の人間の存在そのものや、あり方を問いかける志向のためなのだと思う。派手な音楽や、きらびやかな舞台装置は必要としない。むしろ表現の妨げになると考えているかのようだ。
無論「ミリオンダラー・ベイビー」だけではなく「許されざるもの」、「硫黄島からの手紙」もそうである。そこにはクリント・イーストウッドの人間の存在の深淵を見つめる世界がひろがっている。

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最近見た映画(硫黄島からの手紙)

はじめに言っておきます。内容の良し悪しとは関係なく、こういった問題を扱ったこういう映画が、アメリカ人の製作・監督で作るという試み自体が驚異としか言いようがない。スピルバーグとクリント・イーストウッドだからなしえたのかもしれない。戦略上の要地硫黄島での攻防が苛烈であったことはつとに有名ですが、それはその当時、日米双方にとって双方2万人を超える戦死傷者を出しても行わなければならなかった聖戦だと位置づけられていたからでしょう。米国人であるクリント・イーストウッドは単にそれを米国側の立場として描く(父親たちの星条旗)だけではなく、日本側からの硫黄島攻防戦をあのような形で描いたということは、まさに驚異としか言いようがないと思います。この点については無条件で敬意を表したいと思います。
確かに細部にわたって気になる点は多くの方がご指摘のようにあろうかと思います。
渡辺謙演じる栗林中将が行進する隊列を横切って道を横断するシーンがありますが、これは日本では忌み嫌われる行為で、切捨て御免のご時世ならば即斬られた事でしょうし、当時でも即軍法会議ものの行為だったはずです。ですからその部隊の最高指揮官たる栗林中将がそのようなことをするわけがないとは思います。こういう日本での常識すら理解できていない上に成り立った映画なのだということを認識した上でこの映画は見るべきだろうと思います。そうしないとこの映画の持つ本質を見失ってしまう可能性が高いと思います。
この映画が製作された背景を自分なりに想像してみるに、今でこそ映画の製作者としてゆるぎない地位を築いているクリント・イーストウッドはそのスタート時点から順風満帆に今を迎えた人でないことによるところがやはり大きいのかもしれないと思います。自分の望みに反して長く認められない日々を送らざるを得なかった彼は、多数派の意見の反対側に必ず同程度の質と量を持った別の意見が存在することを肌で感じ、知っているのだろうと思います。
それを知っているからこそ、両側からそれを描く試みを行ったのだと思います。
それと同時に描きたかったのは、属する国の主義主張は違っても、人間の営みや想いに違いがあるわけではないことを言いたかったのだと思います。
戦争は一部の人間の利益が全員ものだという楽観的な錯覚で始められ、前線の兵士の多大な犠牲という不愉快な現実で終わるということ…。
今は未だ評価する段階ではないとは思いますが、作者の意図は十分に伝わる作品だったと思います。

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私の好きな映画たち(スティーヴン・スピルバーグ編)

私よりちょうど10歳お兄さんになるユダヤ系ロシア移民の映画監督。
SFX小僧です。
下調べして主な監督作品を調べたら何とほぼ全部見ていました。
特にのお勧めは
「カラーパープル」(あのウーピー・ゴールドバーグのスクリーンデビュー作)
「シンドラーのリスト」(アカデミー作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作曲賞の7部門で受賞)
「アミスタッド」(アンソニー・ホプキンスとマシュー・マコノヒーのヒューマンな演技、ジャイモン・ハンスゥのもつ存在感とアイデンティイーが光っています)
など、マイノリティーとしてマイノリティーを描いた作品です。
なんとあの「刑事コロンボ」の1stシーズンの第1作「構想の死角」は彼の監督作品だったのですね。「刑事コロンボ」ファンとしては嬉しい監督の見逃しでした。
そういえば「コロンボ」もイタリア系移民のマイノリティーですね。
「マイノリティー・レポート」これはまさに少数意見という意味で、殺人予知システムの矛盾を突いた大作です。
さすがに「ミュンヘン」は未だ見ていません。
昨日「宇宙戦争」WOWOW放映で初見です。
最近制作を手がけた
『SAYURI』(Memoirs of a Geisha, 2005)
『父親たちの星条旗』(Flags of Our Fathers, 2006)
『硫黄島からの手紙』(Red Sun, Black Sand, 2006)
も機会があればぜひ見てみたいものです。
彼のよさがいつもSFXの陰に隠れていますが、その視点は常にマイノリティーそのもので、前線で命を落とすもの、本当にサメ退治するもの、奴隷にされたもの、に終始置かれていることをこそみてあげてください。

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最近見た映画(純愛譜)

「純愛譜」(2000年 イ・ジェヨン監督)
出演者の印象に助けられた映画かもしれない。
主演の二人の俳優はとても印象的な顔立ちをしており、一度見たら忘れられない。
橘実里(彩役)もイ・ジョンジェ(ウィン役)も特に美男美女というわけではないが何か印象に残る人たちです。
橘実里はああ、あの「てるてる家族のときの宝塚の」ってさっと思い出すし、イ・ジョンジェもああ、あの「イルマーレ」のと即座に思い出す。「メゾン・ド・ヒミコ」(2005年 犬童一心監督)のときの柴咲コウとまあいわば反対側の存在感を示しているような気がします。
物語は自殺願望の日本の予備校生「彩」と、やる気のない韓国の公務員の「ウィン」の話が同時に日本と韓国で始められ、何の接点もないままなのだが、ある意外なところに接点が…。
とまあ、映画にはよくありがちな描き方をしています。こんな風に書けば真ん中はすっ飛ばしてもラストは想像つくというものですが。

女の子は自殺願望だというが、もう一つ要領を得ない。その子のおじいさんという人が、自分で息を止めて自分の意思で死んだのでとか、日付変更線上で死んだら死亡日がいつだかわからないだとか、死に方やその周辺については語られるのだけれども、何故死ななければならないのかという切実感が今ひとつ伝わってこないという印象の映画でした。

そもそも、息を自分の意思で止めて自殺することが不可能なことを知っているから、人は衝動的に毒をあおったり、飛び降りたりするのでしょう。息を止めて脳に酸素がいかなくなれば人は昏倒してしまう。昏倒してしまえば本能が自動的脳に酸素を送るために息をしはじめるのですよ。だから、人は呼吸を意識しなくても生きていけるし、寝たからといって、死んでしまうわけではない。(まあ、当たり前のことですが)意志の強さを表す比喩的表現としても陳腐に過ぎると思うし、本気でそう考えるとしたらもっと陳腐だと思いますが…。その陳腐さに隠れてしまい「何故」の部分が欠落している。

やる気のない韓国の公務員はまあありがちといえばありがちな設定ですが、こちらも何故無気力なのか要領が得ない。働かなくても食べていける身分だと映画の中で説明されているが、それは決して無気力となる主な要因ではないと思います。そういう意味ではその無気力さに対しての説明もやはりこの映画はしていない。やはり「何故」の部分が欠落している。

やはり、本当に出会いを描きたいのであれば、その「何故」の部分からえぐるように描かなければ、「たから?それで?」という感想が見た人から返ってきてしまうでしょう。
自殺願望や無気力を覆すだけの出会いがあるから人は生きているのでしょう?
そんな出会いを描きたかったのではないんですか?

そういう意味でも印象的な二人の俳優に救われた映画と言えるかもしれません。
しかし二人が出ていたからといって不完全燃焼な気分を完全燃焼させることは出来ないです。

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私の好きな映画たち(メゾン・ド・ヒミコ編)

また2005年組の映画です。
2005年は何があった年なのでしょう。どうもやっぱり日本映画豊穣の年のようです。
(私にとってはかもしれません)
メゾン・ド・ヒミコ(2005年 犬童一心監督)
好き嫌いは分かれる映画だと思います、万人向けの「ALWAYS  三丁目の夕日」(2005年 山崎貴監督)と比較するのがナンセンスというものですが、
私の考えていた、人が人を愛することとその志向、異性間、男性同士、女性同士を深く考えた内容の映画です。
なにせ舞台がホモ・セクシュアルを志向する人たちのための老人ホームなんですから。
ホモセクシュアルな男性の多くはバイセクシュアルだという事実も描かれています。
登場人物は

オダギリ ジョー (岸本春彦)
柴咲コウ (吉田沙織)
西島秀俊 (細川専務)
歌澤寅右衛門 (ルビイ)
青山吉良 (山崎)
田中泯 (卑弥呼)

と、極めて特異な配役がされています。通常オダギリ ジョーと西島秀俊は比較的似た存在感を持っています。若干弱弱しく中性的存在感です。それをあえて、もってくるところのキャスティングのすばらしさは見逃せません。その真ん中にあの美人なのに色気の薄い柴咲コウを持ってくるあたりは絶妙です。(柴咲コウはなんであんなに美人なのに色気がないのだろう?美人なのに匂い立つような色気が全く感じられない。このあたりオダギリ ジョーや西島秀俊と似たような存在感がある。私の嗜好としてはすばらしく好ましいのだけれども、誰かのコメントがほしいところですね)

そういう存在があること自体社会から隠蔽されがちで、忌避されがちなのだけれども、少しも不潔でないことを、柴咲コウ 演じる吉田沙織は直ぐに感じ始め物語は展開していきます。そして戸惑いながらも普通のOL吉田沙織は「メゾン・ド・ヒミコ」に溶け込んでいくのですが…。

最初にも申し上げましたが、万人向けの作品では決してありませんが、映画としては佳作と評していい作品だと私は考えます。(またも2005年組キネ旬4位の作品です!!)

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私の好きな映画たち(映画や物語への感情移入編)

何度か書いていますが、私は感情移入の激しい人間で、私は涙腺の極端に緩い人間で、普段人が泣かないようなところでも泣いてしまうし、普段人が腹を立てないようなところで大いに怒ってします人です。
前回紹介の「ALWAYS  三丁目の夕日編」(2005年 山崎 貴監督)ではほぼ泣きっぱなし状態でした。最初の一平君が模型飛行機を飛ばすシーンでもう「しまった」と思ったのが最後でした。六ちゃんを見ている眼がもう一平君の目線になっていたし、堤真一さんの演じる鈴木オートの社長が六ちゃんに謝るところは鈴木オートの社長の目線になっていました。なんか登場人物が直ぐに憑依しちゃうんです。

中国史講座で書いた「砲艦サンパブロ」(1966年 ロバート・ワイズ監督)(戦艦ポチョムキンじゃないですよ、富士店長!)では完全にフレンチーになりきってメイリーを愛していましたもん(笑)

極めつけは蟻塚亮二先生の「うつ病を体験した精神科医の処方箋」のような本を読んだときにも
「…『努力して正当に報われる社会』でないとうつ病は治りにくい。もっと言うと、うつ病患者は成功体験に飢えており、社会が屈折して『正直者が馬鹿をみたり』、『努力しても報われない』社会になるとうつ病は治る糸口を失う。」
と読んだだけで涙腺が開いてきてしまいます。
更に「うつ病の多発と自殺者の増加、『ニート』と呼ばれる若者の増加などの背景には、硬直した、『努力しても報われない』社会の流れがある。」と読むともう涙腺全開状態です。
電車の中だと大変です(笑)

何ででしょうかね、いつも怒ったり泣いたりしているのに、いつも反省して謝っているようなこういう性質のこういう人間です。しょうがない50歳でした。

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私の好きな映画たち(ALWAYS  三丁目の夕日編)

東京タワーは1957年6月29日起工、1958年10月14日竣工、そして1958年12月23日完工式挙行、正式オープンなのだそうです。
私の生年月日は1956年11月19日ですから、このブログに載せている写真はちょうど東京タワーを作っている頃かもしくは完成して間もない頃だと思います。
「ALWAYS  三丁目の夕日」(2005年 山崎貴監督)は東京の下町での暮らしを立ち上がりつつある東京タワーが見下ろすようなイメージで制作されているようです。そして物語りの最後1958年12月31日に夕日の中完成したばかりの東京タワーがある…。
私はちょうどその前の月に満2歳になったばかりでもしかしたらはじめてクリスマスプレゼントを貰った年なのかもしれません。
比較的余裕のある家にたまたま生まれましたのでNHKのテレビジョン放送が開始されたと同時にTVの受信を始めていたようです。1954年3月大阪のテレビジョン放送開始ですので、私の兄の生年と同じです。
ですから、一平君や淳之介君はわたしより1世代ぐらいお兄さんに当たる世代です。
でも私は田舎育ちですが、私が物心がついた時もまさに人々の生活はあの通りで、やはり私の町にもあんな駄菓子屋さんがあって、スカばかりのくじを引かされた思いでもそのとおりですし、道を走る車といえば鈴木オートの社長が乗っているようなミゼットが主流でした。うちに中古のカローラがやってきたのはここからもう10年もあとの話です。
そして、六ちゃんのように集団就職の時代でもあります。田舎から都会に職を求めて大勢の人たちが東京や大阪を目指して移動してきていたのは知っています。多分近くにあった鉄工所にもそんな人たちが混じっていたのでしょうし、小学校時代、隣のクラスの担任の先生や、弟の担任の先生は九州から教職を求めて大阪に来た先生達でした。
その人たちは武田 鉄矢ではありませんが「思えば遠くへ来たもんだ」と思い、私達は聴きなれないお国訛りに異国の風景を垣間見ていたものです。
私がはじめて東京に連れて行ってもらったのは多分10才ぐらいのときで、東京タワーの異様な大きさに感歎したのを覚えていますし、展望台から下を見下ろし足がすくんだ記憶が今でも蘇ってきます。

特に涙腺の緩い私はこの手の映画には感情移入しすぎてしまいます。正当な評価が出来ません。
私が妙な評価をせずとも下記のように自明のことなのかもしれません。

キネマ旬報2005年:度2位(一位があの「パッチギ!」です)
2005年度日本アカデミー賞:、最優秀作品賞=ALWAYS  三丁目の夕日、最優秀監督賞=山崎 貴、最優秀脚本賞 =山崎 貴・古沢 良太、最優秀主演男優賞=吉岡秀隆、主演女優賞=小 雪、最優秀助演男優賞=堤真一、最優秀助演女優賞=薬師丸ひろ子、最優秀音楽賞=佐藤直紀、最優秀撮影賞=柴崎幸三、最優秀照明賞=水野研一、最優秀美術賞 上條安里、最優秀録音賞 鶴巻 仁、最優秀編集賞 宮島竜治、新人俳優賞=堀北 真希などすべてこの映画で獲得しています。
あの「パッチギ!」(井筒和幸監督)、「リンダ リンダ リンダ」(山下敦弘監督)「蝉しぐれ」(黒土三男監督)「亡国のイージス」(阪本順治監督)これらの作品を生んだ2005年は日本映画豊穣の年だったと後世言われることになるのかもしれません。

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私の好きな映画たち(TVドラマ編)

GYAOをご存知ですか?
まあ、これを見ている人は言うまでも無いか、USENのやっている無料インターネットTVですが。「冬のソナタ」はBS契約しているにもかかわらず、全部GYAOで見ました。もったいないことをしました。「冬のソナタ」「夏の香り」「秋の童話」そして今BSで放送中の「春のワルツ」はユン・ソクホ監督「四季シリーズ」なのだそうですが、「冬のソナタ」はGYAOで、「夏の香り」はBSでみました。残念ながら「春の童話」は見ていませんが、「春のワルツ」を今見ています。
「冬のソナタ」は確かに面白いドラマです。リアルタイムで見なかったのは損したと思います。「夏の香り」は特にソン・イエジンさんの存在を知っただけでも大もうけです。

「春のワルツ」ですが、パク・ウニョン役のハン・ヒョジュさんは特に注目です。
暗い過去にも係わらず、いつも明るく強く生きている。あんな過去を背負っていたらどんな人生が待っているだろうかと思うと空恐ろしい。でもユン・ソクホ監督はそうは描かずいつも明るいパク・ウニョンを描いている。それを演じているハン・ヒョジュさんの存在感が明るく新鮮です。
また、同じ過去を共有するユン・ジェハ役のソ・ドヨンさんも初主演とは思えない難しい役をこなしていらっしゃると思います。ユン・ソクホ監督の力量に脱帽するばかりです。

殊更「韓流」を嗜好するわけではありませんが、いわばありきたりのストーリーのドラマに人は共感をおぼえるのです。何もひねったストーリーを欲しているわけではない、感動を欲しているということなのです。そして更に言えば、ストーリー云々よりも、背景や描き方の問題が大きいのです。ユン・ソクホ監督はその点をよく理解していらっしゃるように思います。
日本のTV番組制作者諸氏、もしこのブログを見ていらっしゃったらそれをもう一度お考えください。黒澤明級の映像作家をただ待っているだけなのですか?あなたががたのコンセプトは何なのですか?
映画はもうそれに気がついて新しい潮流が始まっているように感じますが…。

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私の好きな映画たち(キム・ヒソンさん編)

「ホワイトクリスマス 恋しくて,逢いたくて」(1999年 ソン・ヘソン監督)
「ワニ&ジュナ ~揺れる想い~」(2001年 キム・ヨンギュン監督)
「THE MYTH 神話」(2005年 スタンリー・トン監督)

共通の出演者は?…キム・ヒソンさんです。

「ワニ&ジュナ ~揺れる想い~」と「THE MYTH 神話」は明らかな彼女の主演映画ですが、今回見た「ホワイトクリスマス 恋しくて,逢いたくて」は実は微妙な立場です。主演といえば主演ですが、助演といえば助演でしょう。

兵役逃れで有名になったソン・スンホンの多分主演第1作でソン・ヘソンの監督第1作のようです。
まあ、内容的にははじめの1/3ぐらいで先の読める映画なのですが、演出は手堅いものがあると思います。佳作までは行きませんが、標準は超えていると思います。旧作ですので、4枚900円であと一枚どうしようというときにでも借りてみてください。(笑)
私はキム・ヒソンさんが目当てでこの作品を借りましたが、肝心のキム・ヒソンさんは役柄のためか、化粧が濃く余り好きにはれなかったのが残念です。

「THE MYTH 神話」は以前独立記事で書きましたので省略するとして…。

「ワニ&ジュナ ~揺れる想い~」
ワニの複雑な家庭環境、仕事に対するこだわり、家族への愛情、同僚友人への思い、そして同居人で恋人のジュナへの愛情が彼女の表情から読み取れる名演だったと思います。
またジュナ役のチュ・ジンモさんも穏やかだけれども人一倍ワニを愛し、時には熱くもなる役を好演されていました。
実にあくまでも淡々と静かに(キム・ヒソンさんの表情のように)進む映画ですが、最後にはふんわりと何か温かなものが心を覆っているようなそんな感じにさせる映画でした。この作品は佳作です。

今回は少し短めですがこの辺で。

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私の好きな映画たち(再度レンタル編)

先日「半落ち」で旧作4作借りたといいましたがそれは
「スウィングガールズ」 (2004年 矢口史靖監督)
「あの夏、いちばん静かな海。」(1991年 北野武監督)
「櫻の園」(中原俊監督 1990年)
「半落ち」(2003年 佐々部清監督)
の4作でした。
そのうち
「スウィングガールズ」と「半落ち」は始めてみた映画でしたが、
「あの夏、いちばん静かな海。」と「櫻の園」は2度目に見た映画です。
つまりもう一度以上見る価値ありと判断した映画です。
つまり一度はレンタルかWOWOWで見たことのある映画にもかかわらず再度レンタルして見たいと思わせる力のある作品だということが出来るのだと思います。(私見ですが)
その最たるものが「七人の侍」(1954年 黒沢明監督)なのですが(これは何度見ても新しい発見がある、台詞も役者の立ち居振舞いもほとんど覚えているのにです。)これはまた別の機会に思いをいっぱい書きます。

最近では「四月物語」(1998年 岩井俊二監督・脚本)です。「ARITA」にしろ
「Love Letter」にしろ若い女性き方が極めて細やかだと感じます。こんな風に男性が見ている「若い女性」は、女性達に共感できているのか理解の範囲の超えるところではあります。
北海道から憧れの先輩を追いかけて大学入学のために上京する女の子。
私にはとてもいじらしく、切なくて、可愛い女の子に見えるのですが、女性の方はどう見えているのでしょうか?
私が疑問なのは、これは単に男性が求める女性像なのでしょうか?それとも性差を越えて人間的な視線なのでしょうか?それがどうもよくわからない。
私は、好ましい女性として「松たか子」さんが演じる女性を見たのですが、もしかしたら女性の方々は「ウゼィ」「ダセィ」という対象なのですか?もっと進んで「キモイ」や「キショイ」対象なのでしょうか?
最近それがよくわからなくなっているのが事実です。
それは女性全般がよく口にする「カワイイ」という言葉もそうです。意味不明の事が多い。
「空気つかめよ」とかよく言われますが、私は「言葉」はつかめても「雰囲気」「空気」はつかめません。ましてネットでは。
別段男性同士の会話ならば笑って済むことが、女性に対してだと妙に引っかかってしまったり、突っかかってしまったりすることが多い。
本当はこんな感情面でのすれ違いを出来るだけ避けたいと思っているのですが、以前「ミスコミュニケーション」という記事を書いた時にも語ったかと思いますが、特に女性とは字面での会話でミスコミュニケーションしてしまうことが多い様に感じます。
この私はもう一度見てみたい作品として「四月物語」を選びましたが、他の方はもう一度見たいですか?
その意味では岩井俊二監督のこんな作品は試金石になるような気がします。
読者の(特に女性の)皆様どうかコメントをお願いします

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私の好きな映画たち(世代論編2)

北野武はいま国際的には一番名の知れた映画監督でしょう。
自分で主演する映画を自ら監督するというのが一般的なスタイルで、
他の監督作品の俳優としても出ている。リチャード・アッテンボローやロバートレッドフォードも俳優兼映画監督ですが、俳優→監督という変遷を遂げたイメージが強い。
しかし、北野武の存在はむしろウディ・アレンに近い。スタンドアップコメディアン→監督兼俳優で自らの主演作も監督する。しかし作風はまるで違いますが。
自ら出演する映画の狂気に満ちた暴力性なところは余り好きにはなれないし、彼の口から出るブラックユーモアも余り好きにはなれない。
しかし、監督としてのセンスは認めざるを得ないと思わせたのが
「あの夏、いちばん静かな海。」(1991年 北野武監督)です。
聾唖者のサーファーの話だから他のサーファーよりも「静かな海」なことは間違いない。
多くの人に「北野はこういう映画も取れるのだ」と言わしめ、それまでも常連ではあったキネマ旬報6位にランクインし国際的な映画監督への道を歩ませた記念碑的な作品であることは言うまでもありません。
真木蔵人 (茂) 1972年生まれ
大島弘子 (貴子)(この方の生年は解りませんでした)
主人公が聾唖者のカップルだということで、2人にセリフが全く与えられていない。だから殆どが波の音と、他人のセリフで進んでいく…本当に静かで穏やかな映画です。
ただ、静かなだけに余計に主人公のサーフィンへの情熱が浮き上がっていくという演出の仕方をしている作品です。もちろん佳作だと思います。

同じ年にランクインした映画は3位「8月の狂詩曲」(黒澤明監督)、5位ふたり(大林宣彦監督)静かな佳作のが多い年ですね。

「櫻の園」(中原俊監督)がキネ旬ベスト1に選ばれたのはその前の年、1990年
そのときの2位が「少年時代」 篠田正浩監督です。
同じように漫画を原作とした映画化だったんですが「少年時代」の方は主題歌ばかりが有名になり、その分少し損をしていた感じです。
「櫻の園」は短大付属の女子高校という特殊な空間での話で、中島ひろ子さん(志水由布子役)の初主演映画になるのかな。いまではもう日本で欠かせない助演女優になっていらっしゃいます。
つみきみほさんや(杉山紀子役) 白島靖代さん(倉田知世子役)も出ています。
つみきみほ、中島ひろ子が1971年生まれで、白島靖代1970年生まれですので撮影時は多分等身大の少女が演じていたのでやはり自然な映画になっています。
原作の吉田秋生の「桜の園」も文庫版で読みましたが、もう少し騒がしい部分もあるけれども、映画にする場合はその騒がしい部分を少女達の何気ない会話の中で表現しようとしている。全体的には静か過ぎる映画の中で、原作にはない、杉山のエピソードで動きをもたせることに成功していると思います。
このエピソードは確かに無いのですが原作の吉田秋生の「桜の園」の延長線上にあると考えても差し支えない程度のもので、逆に映画全体と原作とが微妙なバランスで釣り合う役目を果たしているような気がします。佳作ですので一度ご覧になってください。
しかし、上に書いた方々は皆いわゆる団塊ジュニア世代で、就職氷河期世代なのです。

この時代の後にバブルの崩壊がありちょうどその渦中に巻き込まれる世代なんですが…

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最近見た映画(半落ち2役者編)

くそっ半日つぶしたついでに、夜も付き合ってあげます「半落ち」に。
小説「半落ち」は読んでいませんので、映画限定ということで。

寺尾聰   (梶聡一郎) 犯人
 益々お父様に似ていらっしゃった。お父様の宇野重吉さんも押しも押されもせぬ名優。
 スタートは違っても、やはり同じ道に行き着いてしまうのかな。
 「亡国のイージス」でも難しい役どころをこなしてらっしゃった。あなたなくして
 今の映画界は語れないぐらいの名優だと思います。(49歳で私より年下の役ですけど!)
 「雨上がる」も大変よかったです。

原田美枝子 (梶啓子) 犯人の妻
 出てきたときはそのボディーラインのすばらしさに、憧れを持ったものです。
 でも、今は性格女優(そんな言い方あるのかな)の第1人者でしらっしゃる。
 「地獄」なんかの頃の青々しさはどこにも無い。円熟味のあるアルツハイマーを演じる
 事はあなたにしか出来ないかもしれない。

柴田恭兵 (志木和正) 刑事
 あの、柴田恭兵東京キッドブラザースからよくここまで。
 渋い刑事役はあなたのものですよ(アンディー・ラウも真っ青)

樹木希林 (島村康子) 犯人の妻の姉
 あなたの芸達者はよく存じております。特に「さびしんぼう」の時は大林監督のための
 友情出演とは存じますが、存在感がありましたね。

吉岡秀隆 (藤林圭吾) 裁判官
 「北の国から」や「フーテンの寅さん」をリアルタイムで見ていたものとしてはあなた
 の顔を見るたびにあの「純」がって田中邦衛さんや渥美清さんのの顔がちらつきます 
 よ。でも良くぞここまで子役からと、感嘆を禁じ得ません。

鶴田真由 (中尾洋子) 新聞記者
 いつも凛とした真由さんは好きです。日本の女優さんの中ではトップかもしれません。
 恐ろしくやせているのにふくよかで、気が強そうなのに甘えん坊な多面性を持ったあな
 たが、実は大好きです。

國村隼   (植村学) 弁護士
  今や、日本の助演といえばあなたですね。たぶんあなたをあなただと認知したのはNHK 
 ドラマ「ふたりっ子」(1996年)からだと思いますが。あの正直で金儲けに走れない
 弁護士を出来るのはあなたしかいないかもしれない。助演男優賞ものだと思います。
 実は私の祖父も金儲けの出来ない弁護士でしたが廃業しました。もう他界しております 
 が。

伊原剛志 (佐瀬銛男) 検察官
 あなたをはじめて認知したのは「バカヤロー! 私、怒ってます」の相楽晴子さんの
 相手役。ダイエットの仕方に文句つけるところがナイスで気に入ってます。
  日本映画に必要な助演男優に見事に成長されました。

西田敏行 (小国鼎)警察官
 探偵ナイトスクープの涙腺の筋肉のゆるさと、あなたは本当に結びつかない。
 当代の名優の一人です。

石橋蓮司 (岩村肇) 警察官
 TVに映画にこんな多彩な役柄を演じられる役者さん他にいますか?
 でも主にやくざか刑事かって言う感じはありますが…。
 しかし日本では絶対必要な助演俳優であることは間違いありません。

奈良岡朋子 (高木ひさ江)医者
 かつて私の母の書いた詩を読んでいただき、ありがとうございました。
 存在感のある女医の役、感服いたしました。あなたがあの役を演じられることでピリッ
 と締まった映画になったことは事実だと思っております。

田辺誠一 (片桐時彦)新聞記者
 君は雰囲気のわりにはかっこいい役やりすぎではないですか…。
 金田一だの、松たか子様の憧れの先輩役だの…。
 でも、演技力は認めます。今回 鶴田真由様との濡れ場が無くてよかったです。

井川比佐志 (藤林圭一)裁判官の父
 また、押しも押されもせぬ名優です。特に黒澤明監督作品での名演数々、そして今度は
 難しい元裁判官のアルツハイマーの役とは…。敬服いたします。

本田博太郎 (辻内)裁判長
 またまた、助演男優の大御所、本田博太郎さん。
 TVに映画に何でっていうような作品にまで出ていらっしゃる。
 助演の鏡のような役者さんです。出番は少ないが、確かな存在感を示していらっしゃい
 ました

奥貫薫 (藤林澄子)裁判官の妻
 CMでわっ可愛い子って感じで出てきたあなたも、アルツハイマーの舅を世話する役が出
 来るなんて、実はちょっとびっくりです。
 ただ、可愛いだけの女優さんからの脱皮のきっかけになってくれればと思います。

嶋田久作 (加賀美康博)警察官
 あなたは、本当に何が真実なのかわからない役者さんですね。
 故実相寺昭雄監督の「帝都物語」で加藤保憲を演じたあなたと、「亀は意外と速く泳ぐ」
 で公安を案じられたあなたとこれで県警本部長を演じられたあなたが同一人物だとは思 
 えない。きっと底知れない役者さんなんでしょうね。しかし今回はちょっと控えめでし 
 たね。

笹野高史 刑務官
 結構いいところをさらっていく名優さんです。井筒監督の「パッチギ」在日の役をして
 いいところにで、良いせりふをはいている。いまの映画界で最後にあの短い台詞をはけ  
 る役者さんは数少ないですよ。

以上役者さんで言うと、ほとんど助演俳優級の芸達者名かたがたを集め見事に成功した作品の典型例となると思います。
主演を何度も演じている役者さんを、あえて助演にして、主演の人々にスポットを当てた
佐々部清監督の手腕に脱帽、俳優さんたちご苦労様でした。

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最近見た映画(半落ち)

ブームが去ってから見る。これが私のやり方です。そうすると流されないで見られる。
監督が「チルソクの夏」の佐々部清監督です。
実は○SUTAYAで3本旧作を借りようとしたら3本だと1000円超えますが、4本だと900円です。と言われ次回以降に持ち越し予定だった「半落ち」(2003年 佐々部清監督) を急遽繰り上げ当選にしたんですけどね。
実は主演が寺尾聰だって事と、事実が最後までわからないミステリーだと言うことぐらいの予備知識しかなくて、見始めたんですが…。
何ですかあの配役。(見始めて柴田恭兵、嶋田久作が出てきたとこらあたりで、しまった引っかかってしまったと思ったけれども、もう遅かったです。だからいまこれを書いている羽目になっている。別のことする予定だったのに,映画-昼食-映画-調べ物-ブログこれで1日パアだ。)
寺尾聰   (梶聡一郎) 犯人
原田美枝子 (梶啓子) 犯人の妻
柴田恭兵 (志木和正) 刑事
樹木希林 (島村康子 ) 犯人の妻の姉
吉岡秀隆 (藤林圭吾) 裁判官
鶴田真由 (中尾洋子 ) 新聞記者
國村隼   (植村学) 弁護士
伊原剛志 (佐瀬銛男) 検察官
西田敏行 (小国鼎)警察官
石橋蓮司 (岩村肇) 警察官
奈良岡朋子 (高木ひさ江)医者
田辺誠一 (片桐時彦)新聞記者
井川比佐志 (藤林圭一)裁判官の父
本田博太郎 (辻内)裁判長
奥貫薫 (藤林澄子)裁判官の妻
嶋田久作 (加賀美康博)警察官
笹野高史 刑務官
などなど
当代の曲者役者達ばかりじゃないですか。それが真剣に2日間の空白の真実に迫るために情報のバトンタッチをしていくんですから。
ネット検索してみると、原作の不備をあげつらった的外れなものも散見できますが、私は映画全体としては佳作の域を超えた作品だと評価します。
キーワードは
前半は「グリーニッカー橋」
後半は「君は誰のために生きているのか」
です。「チルソクの夏」につづき佐々部清監督の確かな手腕を見せていただきました。
しかし、公開当事にこれを映画館で見ていたらこの評価は出来なかったかもしれません。
あの時見に行かなかった方、今度は旧作ですので見てください。
内容には一切触れませんが、約2時間、涙腺のゆるい私みたいな人は覚悟してください。

ああやっぱりUPが15時になってしまった。

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最近見た映画(世代論編)

亀は意外と速く泳ぐ(2005年 三木聡監督)
  上野樹里 (片倉スズメ)
  蒼井優   (扇谷クジャク)

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スウィングガールズ (2004年 矢口史靖監督)
  上野樹里  (鈴木友子(Tenor Sax.))
  平岡祐太  (中村拓雄(Piano))

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どうも、上野樹里さんの出ている映画と波長が合っているのかもしれない。別に追っかけをやっているわけじゃないけれども、存在自体が気になる=存在感があるということか。
以前記事にしたチルソクの夏(2004年 佐々部清監督)といい相性がいいのかもしれない。
1986年生まれといいますから、私の長女と長男のちょうど間で学年は長男と同級生ということになるのか。

前回、ニライカナイからの手紙(2005年 熊澤尚人監督)での演技を褒めた、蒼井優さんとも相性がよさそうです。蒼井優さんは1985年生まれとだそうですからまた私の長女と長男のちょうど間学年で娘の一級下か。(ついでに平岡祐太君は1984年で娘の同級生)
もうこの世代の人たちがどんどん出てきている。それも一世代前の人たちのすこし暗いイメージを払拭するように伸び始めているようですね。つまり団塊ジュニア世代の後の世代ということになります。
以前紹介いたしました「フライ,ダディ,フライ」(2005年 成島出監督)もこの中に入れていいかもしれません。
堤真一さんは私より8つ年下で岡田准一君は娘よりも4つ年上ですが。

世代論というのには余り意味が無いという人も居ますし人を十把一絡げにしてしまうことの無意味さを承知した上で、傾向としての世代論はやはりあり得る話だとおもいます。

世代論はやはりマーケティングを中心として発生してきた傾向が強いように思います。
つまり「XX世代」とひとつの枠にはめ込んでしまい、それを地図にして販売戦略を立てていくという手法です。それにまんまとはめる企業もそれを煽るマスコミも悪辣だとは思いますが…。

しかし考えなければいけないのは、その世代論が成り立つのは上に書いたような世代の人たちがやはり輝いて見えるから、その陰影をやはり我々も見ているということで、それを全部の世代の人たちが見てトンネルの出口を予感するような世代論だったら、歓迎すべきことではないですか?
ジュニア団塊が悪くて次の世代がいいみたいな考え方はやはりいけない。いい悪いはやはり個性の問題だという部分が大きいと思います。個人的な状況は皆それぞれ違うわけで、
団塊の世代以来始まったように思われる世代論も、親世代の結婚年齢や出産年齢の変化でかなりの偏差が出ているはずで、中心値をとっても意味の無い時代に突入しているのかもしれないとも思います。
しかし、彼らや、彼女らの範囲内で悩みながらも屈託の無い笑顔や行動が、我々の明るい未来を象徴しているのならば、私の様なその親世代はそれを歓迎し迎え入れていこうではないですか。そしてその世代の人たちも笑いながら私達の世界に入ってきてください。
(来年就職する娘を抱える父親としての切なる心境です。)

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私的中国史講座~第11回~

南京事件と砲艦サンパブロ

実は唐代以降はかなりわかっている史実が多いので書き出すとかなりの量になってしまいます。ですからやはり飛び飛びに興味の赴くままに飛び飛びに書き、それをあとでHPの方に移し、加筆していこうかと思います。学者ではありませんので、あくまで主観的に色んな物語を読んだり、映画を見たり、漫画を読んだりし、それと史実とされていることの比較をしていこうと思います。途中でくじけないようにするためには皆さんの応援が必要です。よろしくお願いします。(応援とはコメントやトラックバックをくれなくても、読みにに来てくださいということです。このシリーズ結構色んなところから見に来ていただいているのは私には解っておりますから続けているのです)

今朝、起きてたメールチェックをして、返事を書いて、またまTVをつけたらなんと懐かしい「砲艦サンパブロ」(1966年 ロバート・ワイズ監督)をWOWOWでやっているではないですか!!3時間を越す大長編(あの時代ですからインターミッション付きですよ!)
えっ!中国史と何の関係があるのと思ったあなた、この映画みてないでしょ!
3時間の戦争物のハリウッド映画なんか見たくないわ、と思ったそこのあなた、
問題は長さやジャンルではないのです(ジャンル分けしたら戦争物ということになってしまうから始末に負えない、ノンジャンルですよ)もしくはどの国の映画かじゃないんです(ハリウッド映画嫌いも納得させられる映画です)。問題は中身です。

南京事件や蒋介石、毛沢東なんかはもう歴史上の事件や人物だと思っているでしょう。でも違います。この時代から現代は実はシームレスに繋がっているんですよ。この時代を実際に知っている人はまだ生きているのです!!
南京事件は1927年(昭和2年の出来事です)
孫文が清を打倒し中華民国を立てたのが1912年(明治45年=大正元年)です。
そしてそれから14年後中国はまた分裂の時代に入る兆しを見せ始めます。
たとえば春秋戦国時代は地域限定ですが、大航海時代を経て中国も誇らしげにその周辺の版図だけを見ていればいい時代は終わりを告げ欧州ともアメリカやロシアともさらにはアフリカや中南米とも付き合わなければならない時代の幕開けだったのです。
1921年に中国共産党が結成され、南京事件のあと1927年に毛沢東が革命根拠地を作り本格的な旗揚げをします。

整理しますと
西欧(特に米英)列強国は基本的に中国に代表される東アジア地区は単なる野蛮人の住む搾取するための地域と考えているということ。民主共和制(米国)、立憲君主制(英国)は基本的に共産主義/社会主義(当事のソヴィエト連邦やいわゆる東欧諸国)とは相容れない。

日本との関係で言えば、孫文らが日本で旗揚げし対清運動をスタートさせたのは有名な話です。その当事日本は明治維新の混乱を乗り越え大正デモクラシーの時代を迎え、不完全ながらも立憲君主制国家となり、男子普通選挙法も行われていた時代の少し後です。まだ国内は平和な時代ですが、列強と並びたい超えたいと富国強兵政策をとっていました。
そして先ほど不完全な立憲君主制と申しましたが、国会はあるけれども、天皇はその決定を覆すだけの権限が与えられるという不完全さをもっていたのです。
英国のように「王君臨すれども統治せず」が完全な立憲君主制でそれは基本的には協和制(アメリカ)と同じものなのです。(今の日本は分類でいくと「民主共和制」の国ではなく、「立憲君主制」の国なのですよ…いまだに。)
ですから、天皇を傀儡となせば容易に軍事独裁政権が誕生してしまう体制だったのです。その欠陥がもう少し後に日本の大陸支配~第2次世界大戦へと繋がるのですが…。

ちょっと横道にそれましたが、中国はほんの少し前に帝政から脱却し(これが孫文らの辛亥革命です)民主共和制に移行したばかりでまだ基盤が安定せず、色んな勢力の寄せ集め的な状態にある。しかし列強の支配からは逃れたい。おまけに、共産主義を主張する毛沢東らが台頭してきており、小競り合いが方々で起こっている。
まさに、中国の周辺は一触即発の状態です。
南京事件はそんな中、国民革命軍の蒋介石将軍らが南京を占領したとき、一部の反帝国主義者の軍人や民衆が外国の領事館や居留地などを襲撃し破壊などの残虐行為を行い、米国人、英国人、日本人ら数名の死者=列強国の被害者を出してしまうのです。
これで日本を含む列強国に中国を攻撃する材料を与えてしまうのですが…。

そういう歴史的背景を踏まえてみたらどんなにすごい映画なのかが解ります。
「砲艦サンパブロ」そんな背景の中(南京事件の少し前)、中国の長江(揚子江)周辺でのアメリカ人の安全を確保するという任務を背負って、長江流域の内陸の町「長沙」に駐留しているのですが…。
(つまり人道的な任務についているので発砲は一切許可されていないのです)
そこに主人公のホルマン一等機関兵(スティーヴ・マックイーン)が赴任してきます。
正義感の人一倍強い彼は、他の乗員とは余りなじめない性格なのですが、フレンチー(リチャード・アッテンボロー)とは馬が合う。そしてまだキャンディス・バーゲンも重要な伝道学校の教師の役で登場します。

昔からとっても好きだったキャンディス・バーゲンです(わー久しぶりに若くて綺麗なキャンディス・バーゲンをみてしまった。)

そして、俳優時代のリチャード・アッテンボロー、大脱走の時もスティーヴ・マックイーンと競演していました。そして後にあの名作「ガンジー」を撮りアカデミー監督賞を獲得するイギリスの名優であり大監督です。

スティーヴ・マックイーンは説明不要でしょう。

当然上記のような背景ですから中国人はアメリカ人のことを良く思っていない。反感を丸出しにしている。アメリカ兵の大半は中国の女性を性欲処理の対象としか考えない。男はただの貧相な野蛮人と思っている。

しかし、ホルマンは機関室の無知な中国人に丁寧に機関の動作の原理から操作方法を熱心に教えようとし、ついには友情さえ感じ始める。

そして、親友のフレンチーは酒場で働く中国人の女の子メイリーをアメリカ兵やアメリカの民間人の性欲処理の対象から必死で守りを真剣に愛するようになる…。

そんな中、南京事件勃発のニュースがサンパブロにも飛び込んでくるのです。つまり発砲許可目前状態になるのですが…。(これ以上はネタバレはしません)

実はこの機関室の無知な中国人を演じているのは「岩松信」=Mako Iwamatsuという日本人のハリウッド俳優なんです。この作品でアカデミーの助演男優賞の候補になっていますが、残念ながら今年(2006年7月)お亡くなりになられたました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

また、この酒場の女の子メイリーをやっているマラヤット・アンドリアンという女優さんすごく東洋的な美人で、私流には「切なくて可愛い」のですが…。実はタイ人でフランスの外交官と結婚してあの、『エマニュエル夫人』を書くエマニエル・アルサンなんですよ!

作品全体はやはりハリウッド映画の仕立てで作ってありますので、アメリカ人の眼から見た中国が描かれているのです。しかしその東洋人を見る眼は温かく、多くのアメリカ人を見る眼は冷徹です。人道主義的で、ナショナリズムを否定し、人間としてのアイデンティティーにエールを送る映画になっています。3時間はあっという間に過ぎてしまいます。
この作品が作られた1966年はベトナム戦争の最中です。その時代背景も頭に入れつつそして上に書いたような背景(つたない説明ですが)映画を見てください。
(このベトナムですが中国では南越と書き秦~唐まで中国の領土だったのです。そして三国時代には呉の一部となるのです。今度ベトナム戦争や朝鮮戦争のことも書こうと思っています。ベトナムも中国の一部だったし朝鮮半島はある時代には楽浪郡という中国の一部だったわけですから)

国には国の考え方があり、国同士は争ったり寄り添ったりするのですが、それとは全く関係なく人は別の次元で争ったり寄り添ったりするのです。だから一般庶民である私達が本当に重要なのはやはりナショナリズムなのではなくアイデンティティーを持った個人個人のふれあいなのだということを良く考えないといけないということです。ナショナリズムとアイデンティティーを人は時々一緒のもののように勘違いしてしまいます。最近の例では「愛国無罪」と叫んで日本の建物を破壊して回った中国人とその扇動者です。アイデンティティー=自分が自分であることの意味、存在、立場を十分理解し、それが基盤になった上でのナショナリズムだったらそんなことにはならないはずです。自分が自分であることの意味を理解している人は、反対に相手が相手である事の意味も理解できるはずです。
そんな人間が「愛国無罪」=国を愛していれば何をしても許される、と叫びながら行進し暴動を起こしたりはしないと私は考えます。

しかし、清末以降の中国は実に難しく色んな解釈が成り立ちますし今の時代と密接に繋がっていますので、どの解釈が正しいとはいえないと思います。
しかし、ナショナリズムとアイデンティティーの問題は普遍だと思います。

今回はちょっと長編になってしまいました。

次は何が登場するかはわかりません。

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最近見た映画

ちょっと映画から遠ざかっていたので今日は映画のお話を。

最近見た映画その1
「姑獲鳥(うぶめ)の夏」(2005 実相寺昭雄監督)
「うぶめ」は「産女」と書くのは知っていたけど姑獲鳥とも書くとは知りませんでした。
基本的には「産婦」もしくは「産褥期」の女性のことみたいですが、産後に死んだ女性が鳥や幽霊になるとかで「姑獲鳥」とも書くそうな。

諸星大二郎のまんがにも「産女の来る夜」という怖い話がありますが…。
この「姑獲鳥の夏」かの京極夏彦の「京極堂」シリーズとかで、私の息子の愛読書です。

全く期待しないで見たんですが、なかなかどうして面白いじゃないですか。
堤真一の京極堂なかなかいいじゃないですか。堤真一と言えばこの間書いた「フライ,ダディ,フライ」(2005年 成島出監督)といいこれといいなかなか芸達者な役者さんですね。
NHKの大コケした「宮本武蔵」の又八辺りから注目はしていたんですが。
ちょうど間に挟まっている「ALWAYS 三丁目の夕日」も見てみようかなという気になりました。(まんがファンとしては原作は良く知っておりますので)

最近見た映画その2
「フライト・オブ・フェニックス」(2004ジョン・ムーア監督)
「飛べ!フェニックス」(1965 ロバート・アルドリッチ監督)のジェームズ・スチュワートが機長役の映画のリメイク版ですが、デニス・クエイドが機長をやってる方です。

デニス・クエイドはメグ・ライアンのもと旦那ってことで始めて知った役者さんですが、いまは割りと好きな男優さんの一人です。
「リメイク版」と「パート2」が面白いことは実に稀な話です。
その上内容が内容の映画だけに姑獲鳥よりもっと期待しないで見たら、結構面白かった。やっぱりデニス・クエイドは存在感がありますね。「デイ・アフター・トゥモロー」なんかも期待しないで見たけどやっぱりデニス・クエイドの存在感でしっかりした映画に見えてくるから不思議ですね。いまハリウッドであの年齢層の存在感のある役者さんが少ないためかな。

あと、アン・ソンギさんが殆ど寝てるだけでセリフ一言っていう「眠る男」とか
これも期待しなかったら結構面白かったミムラの「この胸いっぱいの愛を」とかは又次回書きましょう。

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映画とアイデンティティー

ちょっと映画の話題から遠退いていたのでまた映画の話題です。
「韓流」や「華流」を期待している人には余り期待しないでくださいね(笑)

といいながら、やっぱり中国の映画や韓国の映画の話ですが。

最近「草葺の学校」(1999年 シュイ・コン監督)と「山の郵便配達」(1999年 フォ・ジェンチイ監督)の2作品を見ました。佳作です。
何れも、淡々と中国の田舎の様子を描きながら主張している!
「中国の小さなお針子」って映画(私好みのジョウ・シュンの映画ですが)あれはやはりフランス映画だなと思いました。
宮崎駿が言った「もっとも日本的なものが、もっと国際的なのだ」と言うのは裏返せば、「人間の本質に変わりかあるわけではない」ということなのでしょうか。語っているのは政体や主義主張なのではなく、人の持つ本質なのだということなのでしょうね。それをその国のメガネを通してみているということなのでしょう。そうしなければ本質が見えてこないのかもしれません。BSの「アジア・フィルム・フェスティバル」で見逃した方はぜひDVDを借りて見てください。佳作です。

「マルチュク青春通り」(2004年 ユ・ハ監督)も見ました。久しぶりに佳作だと思える韓国映画です。軍事政権下の高校の話ですが…。今をときめくクオン・サンウの主演映画です。「軍事政権下の韓国」というメガネ(=フィルター?)を通して描かなければ、ただの友情~恋愛~喧嘩~失恋の映画だったのでしょうけれども、「今は違うけれども軍事政権下の韓国」のフィルターを通すことで「佳作」たりえた映画なのだと思います。

私は、ことさらに「ナショナリズム」を吹聴することを嫌う人間ですが、「ナショナリズム」を語ることと、「アイデンティティー」を語ることは違います。同じことのように見えて大きな違いがあると思います。「ナショナリズム」は「国策映画」を生み「アイデンティティー」は「国際映画」を生むのではないでしょうか?

今の、こっちに伝わってくる「ハリウッド映画」や多くの「日本映画」は「アイデンティティー」を通して語ろうとしていないから面白くないのかな?


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払拭!

学生時代特使った言葉です。広辞苑によると

ふっ‐しょく【払拭】はらいぬぐうこと。すっかり取り除くこと。「古くさいイメージを―する」

だそうです。
今日2本映画を見てしまいました、
「親切なクムジャさん」(2005年 パク・チャヌク監督)
「ニライカナイからの手紙」(2005年 熊澤尚人監督)

「親切なクムジャさん」のパク・チャヌク監督はオールド・ボーイ(2003年)の監督で復讐シリーズだそうです。イ・ヨンエさんが主演だったのに、もうあまり語りたくない!!。(内容も出来も最悪です。なんでこんなに救いのない映画が作れるかな。映画を見ることは業なのですか!!!少なくともこんな映画は、いくらイ・ヨンエさんが主演でも、普通の劇場公開するべきではい映画です。マニアがひっそりと見るのはいいでしょう。まだ「オールド・ボーイ」は許せても、この映画は私の範囲の全く外側です。皆さん決して見てはいけません。ホラーなら許せるが、この映画が、何が言いたいのか全く分からない。復讐する?それで?問題はそこからでしょう。そこからを描けないのならば映画を作る資格はないとまで言いたい。オールド・ボーイが受けたからなんて言い訳は絶対に許しません。)

「ニライカナイからの手紙」は熊澤尚人監督の長編第1作だそうです。これは佳作です。複線も何もないこの一本調子の映画をここまで見せる映画にしたのは、監督の並々ならぬ力量でしょう。
安里風季役の蒼井優が実にいい。名優の平良進さんも実にいい。本当のことを語れなかったオジイ(平良進)の頑固で抑えた演技が実に光った映画です。この映画は久しぶりに泣いてしまいました。オカア(南果歩)の真実を知るまでの安里風季(蒼井優)が実に生き生きと撮れている佳作です。ただ、真実を語る部分が少し長すぎるのが難点です。もっと余韻を残すように終わるべきかな。

結局今日は「佳作」と「駄作」の二つを見てしまいました。「駄作」のほうが余りにひどかったので…。でも「佳作」で払拭して今日は終わりです。


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「青色の正門」の意味

以前から見たかった「藍色夏恋」(2002年 イー・ツーイェン監督)を見ました。思った通りの映画でした。

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グイ・ルンメイ(モン・クーロウ役)特にはいい!!始めはリャン・シューホイ(リン・ユエチェン役)が可愛いと思わせつつ、最後にはグイ・ルンメイのファンにさせてしまう。

「藍色夏恋」は「藍色大門」というのが原題です。イー・ツーイェン監督はそのインタビューの中で「『藍色大門』は美しい情景と未来への祝福を象徴している」とも、「自分なりに『青色の正門』を解釈してほしい。模範的な解釈で見る必要はない」ともいっています。思春期から大人になろうとするときに必ずくぐらなければならない「青色の正門」という意味であることは間違いないでしょう。
その題名も、その映画の一部なのだということなのは間違いありません。その題が単に識別の記号としての意味しか持たない場合もありますが、時にはその題名の解題のために本編がある場合があります。この映画「藍色大門」はまさにその後者で、題名を「藍色夏恋」としてしまっては下手をすると、映画の価値を損なってしまうと思いますが。
(配給会社の人間て、なんて無駄なことをするのだろう。日本公開時にこんなにいい題名にしてあげたと自慢する、元配給会社の社員の映画評論家もいますが、ほんとにそう思っているのだとしたら、悪辣きわまりない!!!)

モン・クーロウとリン・ユエチェンは親友の女の子。親友リン・ユエチェンはチャン・シーハオという男の子が好きなのだけれどもどうしてもそれを告げられない。モン・クーロウはその仲介をするためにチャン・シーハオに近づくのですが…。結局モン・クーロウはリン・ユエチェンとの友情とチャン・シーハオとの恋の間で悩み続けることになるのです。

「結婚生活」は「恋愛→夫婦愛→家族愛→人類愛」に変貌していくと聞いたことがありますが…。蓋し名言と思ったのですが、誰の言葉か覚えていません(良くあるジョークの類だったかもしれません)
夏目漱石は「こころ」の中で「私」が「先生」の所に来るのは
「恋に上る楷段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」
と、いいます。
ならば「友愛」→「恋愛→夫婦愛→家族愛→人類愛」という変遷になるのかな。
いや違いますね。こんな風かもしれません。

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「青春、朱夏、白秋、玄冬」人生をこのように表現するそうですが、私はもう青春は過ぎ去り朱夏の年齢です。確かに「青色の正門」をくぐりました。イー・ツーイェンが言うようにやはりそれは人それぞれのものなのでしょう。

とにかく、この映画は夏に時折吹く涼しい風が、汗をかいた頬をすり抜けていったような映画です。このあと、この3人はどんな「藍色大門」をくぐっていったのでしょうか?

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神話は神話?

「ワニ&ジュナ ~揺れる想い~」(2001年 キム・ヨンギュン監督)のあのキム・ヒソンさんが出ている「THE MYTH 神話」(2005年 スタンリー・トン監督)を見ました。

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他国から秦の始皇帝のに嫁いでくる王女「玉漱」をキム・ヒソンさんがされています。(やはり実にお美しい。私にとってはハ・ジウォンさんと並ぶご贔屓の韓国女優さんです。ワニ&ジュナはまたいつかゆっくり語ります)その警護の将軍「蒙毅」をジャッキー・チェンがやってます。秦の始皇帝の将軍で「蒙恬」は史記にも登場する名将ですが、宦官の「趙高」らの罠にはまり皇子の「扶蘇」とともに葬られます。まあその悲劇性を出すためで「蒙」という同じ苗字にしたのかもしれません。

この王女がどこの国から来た人なのか物語りは詳しく語りはしません。
もし本当のキム・ヒソンさんの生まれた朝鮮半島から来たのだとすれば箕子朝鮮の王族ということなのでしょうか?でも陸続きの朝鮮半島から来るのにわざわざインドを通って来るのもおかしいですよね。キム・ヒソンさんはどう見てもインド人には見えないし、それより西の国から来た人だとは思えない顔立ちですもんね。(あの顔どう見ても東アジア系の顔です)
この時代日本はまだやっと弥生時代になったばかりです。始皇帝崩御が紀元前210年で日本が中国の史書に登場するのは、後漢の初頭時代に班固が書いた『漢書』地理志ですが、それ以前の文献にも西周の「成王」(紀元前1025~1005)に薬草を倭国から献じてきたとの記述があるようですから、日本人かも知れません。倭国から船出したものの、流されてインドまでたどり着いて後は陸路を通ったとか…ありえませんね。

また、当事はもしかしたら主に用いられていた武器は「刀」(片刃)で「剣」(両刃)ではなかったかもしれません。どう見ても「刀」を持っているのは現代インドの兵士だけのようで、古代中国のシーンではいわゆる「剣」しか出てきません。歩兵の武器はたしかに戟、矛だったようですが、この時代だったらまだ「戈」を持った歩兵も出てきてほしかったところです。(特に秦は中国を平定したといえども、後進国だったわけですから)

まあ、時代考証には若干難がありますが、物語的には面白いから見て損はないです。少なくとも「レンタル料返せ」とはレンタル屋さんの前では叫びません(笑)

でも、師弟関係も、義侠も出てこないから、これはやはり「SF的伝奇的恋愛映画」というところなんでしょうね。

「グリーンディスティニー」「HERO」「LOVERS」―― 興奮はいよいよ頂点へ

なんて書いてたサイトもありましたけれどもTheta2的には「武侠映画に非ず」です。
「HERO」はまだ見ていませんが、「LOVERS」と「THE MYTH 神話」が「武侠映画」だといったら、「武侠映画」ファンは困ります。
でも、映画としては「グリーンディスティニー」も「LOVERS」も「THE MYTH 神話」も面白いから見て損はないと思いますよ。
おまけで、うちの玄関を守る「兵俑くん」を紹介しておきます。

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アジア映画だけ花盛り?

2006 今日は久しぶりに昔慣れ親しんでいた大阪のある界隈を仕事でうろつきました。
XXセンターの掲示板に「大阪アジアン映画祭2006」のポスターを発見。ご興味のある方は下記をご覧ください。(アジア映画ファンなら先刻承知でしょうけど)

大阪アジアン映画祭2006

この頃多いですねこの手のイベント。今年の春ごろにも韓国映画のイベントやってて、そこで「愛しのサガジ」や「デュエリスト」を見たのを思い出しました。
ほんとは今日は「THE MYTH 神話」にキム・ヒソンさんが出ているらしいのを知ったのでレンタル屋さんに行くつもりだったのですが、歩きすぎて疲れて断念。明日にしよう。(でも3連休だから混むかな~)

先日、WOWOWで録画していた「蝉しぐれ」(2005年 黒土三男監督)原作も読んだし、TVドラマ版も見たし比較のためにそのうち暇があればと思っていたんですが、見てしまいました。
意外と良かった。原作は名作ですし、TV版も評判が良かったので、先ず失望するだろうと思ったけど、意外と良かった。先にTV版があったりすると映画にしたとき妙に奇を衒った演出をしたりするじゃないですか。確かにストーリーの簡略化などは気になりはしましたが、原作の雰囲気を壊さないいい映画だったのではないでしょうか。(「秘剣村雨」が出なかったのが多少心残りではありますが、利重剛がなんとなく試合の後に教えている風ではあったのですが…)
牧文四郎役の市川染五郎もなかなかいいじゃないですか。(さすがに梨園の御曹司だけあってあまり下級武士っぽくは無かったけれども)
この間の「フライ,ダディ,フライ」といい、これといい日本映画界もまだまだ捨てたものではないのかもしれません。
ここのところ、アジア映画に押され気味の「日本映画」ですが日本映画クロサワやミゾグチやオズが居なくてもがんばってほしいものです。


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私の3大恋愛映画

WOWOWで久しぶりに「恋はデジャ・ブ」をやっていたので、見ました。見終わってこれはお勧め恋愛映画のベスト3に入るなと思いました。えっ!後の二つは何だろう…?
悩んだ末(ほんとは余り悩まず)
アメリカ映画部門では下記3作に決定します。

「恋はデジャ・ブ」(1993年 Harold Ramis ハロルド・レイミス監督)
「フォロー・ミー」(1972年 Carol Reed キャロル・リード監督)
「妹の恋人」(1993年 Jeremiah S. Chechik ジェレマイア・S・チェチック監督)

Photo_8 「恋はデジャ・ブ」
Bill Murray ビル・マーレイ  (Phil)
Andie MacDowell アンディ・マクドウェル  (Rita)
主演の役者さんがそんなに好きなわけではないです。どちらかといえば「ビル・マーレイ」は嫌いなほうに属するかもしれない。監督の狙いはそれか!とひざを打つ作品ですね!
それに、人間は一日?で変われるものなのだと!この映画のアンディ・マクドウェルは綺麗だったな。

Followme 「フォロー・ミー」
Mia Farrow ミア・ファロー  (Belinda)
Topol トポル  (Cristofornu)
Michael Jayston マイケル・ジェイストン  (Charles)
あのウディ・アレンの元恋人「ローズマリーの赤ちゃん」の「ミア・ファロー」とあの「屋根の上のバイオリン弾き」の「トポル」の映画。心が温かくなる映画です。
人を愛していることと愛されていることはどういうことなのか?自分はどう思い恋人のことを見ているのか、恋人はどう思い自分のことを見ているのか?そんなことあんまり恋愛中には考えないのかもしれないけれども、自称名探偵が間に入ることにより見えてきます。恋愛中のカップルはぜひご一緒にご鑑賞を。

Photo_9 「妹の恋人」
Johnny Depp ジョニー・デップ  (Sam)
Mary Stuart Masterson メアリー・スチュアート・マスターソン  (Joon)
Aidan Quinn エイダン・クイン  (Benny)
Julianne Moore ジュリアン・ムーア  (Ruthie)
「恋しくて」でショートカットでボーイッシュな高校生をやってたあのメアリー・スチュアート・マスターソンが、すこし神経を病んだ娘を好演。それにしてもジョニー・デップの変さ加減は常に同じですが、この変さは好きな変さかな?エイダン・クインとジュリアン・ムーアの普通の恋人役も光るものがあります。「そう、そういう恋愛もありだな、うん絶対ありだ!」と見終わったあなたは心に思っているでしょう。

次点以下も当然たくさんあります。
「ティファニーで朝食を」「天国から来たチャンピオン」「草原の輝き」「コヨーテアグリー」「セレンディピティー」「あなたが寝ている間に」「ローマの休日」などなど一杯あります。ちなみに家内は「プリティーウーマン」「ノッティンブヒルの恋人」「プラクティカル・マジック」だそうです。夫婦なのに一つも重なっていませんね(苦笑)
日本映画、アジア映画にも一杯あります。それはまたいずれ…。


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鳥のように飛びたい

父親にとって、「家族を守ること」がやはり最大の目的でしょう。それはそう教えられてきたから(親から、社会から、日本の文化から、やその他もろもろのものから)のせいには決してしたくない。自分が選んだことだと叫びたいのですが…。
よく登場する金庸さんは、その著書「書剣恩仇録」の日本語翻訳版が徳間書店から出されるに際して「日本の読者諸氏へ」と題した文章を書かれています。その中に
「中国の侠士の基本的な考え方は。日本の「武士道」とも違いがある。日本の武士道の中心は「忠」である。中国の任侠道の中心は「義」である。孟子の言う「生を捨てて義を取る」であり、義が命より大切なのである」
とあります。
自分が命を捨てて「義」をとるかどうかは別問題として、私は「忠」をとりたいとは決して思わない人間です。
少なくとも戦後の日本人は「忠」を捨てるために「個人主義」を「アメリカ」選んだはずだったのに。そう極端に言わないまでも「忠」ではなく「世界平和」のための「義」を取ったはずではなかったのですか、日本国は?
今、人生で2つ目の外資系企業に勤めている私は日々そんな疑問に悩まされています。
「家族を守ること」と「短期利益追求」のために「忠」の日本人労働者を酷使する外資系企業とのはざ間で「ストレス」を強く感じる日々です。

Fdf_1フライ,ダディ,フライ」(2005年 成島出監督)という映画を見ました。
さえないサラリーマン(堤真一。でも毎日遅くまで残業して、企業に「忠」している人です)の娘(星井七瀬)がボクシングの高校総体のチャンピオンで有力国会議員の息子の(須藤元気)に殴られる。それを許せないサラリーマンは一念発起して在日の高校生 朴舜臣 (パク・スンシン=岡田准一)のトレーニングを受け、遂には高校総体のチャンピオンを叩きのめすという痛快な映画でした。やっぱり映画の中でサラリーマン氏も悩むわけです。「家族を守ること」とか「企業への忠」のこととか。

多くの日本のサラリーマンは「グローバル・スタンダード」化の元で、「ISO9000」「ISO14000」「SOX」を課せられています。「真面目で」「忠」な日本のサラリーマンは必死でスタンダードに自分の業務を合わせようと努力しているのです。リストラで人がどんどん減るし、派遣社員の首がどんどん切られる中で!!!!!
だから、その中で「家族を守ること」や「企業への忠」を取るのか、自分の心がどんどん病んでいく「自分自身」を取るのか。その中で「家族を守ること」と「自分自身」ということを両立させようと「企業への忠」を捨てるサラリーマン氏に惜しまぬ拍手を送ってしまいました。
だから、さえないサラリーマン氏にも、在日の高校生パク・スンシン君にも惜しまず拍手を送りたい。

Fdf_3  パク・スンシン君が最後にサラリーマン氏言う「飛べ、おっさん、飛べ」と。
「本物の中年のおっさん」としては中年のおっさんと落ちこぼれ高校生が共闘できるんだったら日本人も捨てたもんじゃないなと「素直に」思いました。


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「墨攻」が映画になるって!!

とあるブログ(劉徳華=アンディー・ラウさんのファンの方のブログ)をパラパラと見ていますと、「墨攻」が映画化されるとの情報があるではないですか!あの酒見賢一の「墨攻」が!
早速リンクを辿って見ていきますと「伝説のコミック完全映画化!10万人の敵にたった1人で挑んだ男」ですと!伝説のコミック完全映画化!?あれは「伝説のコミック」なんじゃなくて酒見賢一の「伝説の小説」なんですよ!
主演のアンディー・ラウはいいですよ。「LOVERS」や「インファナル・アフェア」で名演した、香港の名優だと思います。だから「革離」をきっとちゃんとやるでしょうし見ごたえもあるでしょう。しかし許せないのは原作を「コミック」としたところです。

Photo_7
もう一度言います。「伝説のコミック」なんじゃなくて酒見賢一の「伝説の小説」なんですって。コミック版と原作版の違いは私のメルマガに詳しく書いていますのでお読みください。

まんが談義に夜も更けて #9「墨攻」

原則的にまんがのことはメルマガで映画のことはブログでって決めて始めたんですが、その禁を少し破ってしましました。
でもこの映画「墨攻」はきっと見に行くでしょう。前売り券まで買って公開日に。
メルマガにも書きましたが、「市川崑」の「火の鳥」のように(市川崑でさえこんな大失敗を犯すのです)、またTVドラマ「水滸伝」(これも横山光輝が原作になっていましたし、なんと及時雨・宋江ではなく豹子頭・林冲が主人公になっていて、何ともひどい出来でした)のようにならなければいいのですが…。

まさか、「革離」ではなく「梁適」が主人公なんて話になりはしないでしょうね。(まさか「薛併」が主人公なんて事はないでしょうけど…でも何があるか分からないぞ…宋江ではなく林冲を主人公にする人間が世の中にいるのだから)
配役的には期待をしましょう。香港を代表する名優「劉徳華」(=アンディー・ラウ、きっと革離役でしょう)と韓国を代表する名優「安聖基」(=アン・ソンギきっと巷淹中役でしょう)が出ているみたいだし。
でも、黒澤明の「七人の侍」までとは言わないまでもまともな鑑賞に堪えうる作品になっていなかったらまた映画館の前で「金返せ!!!」と叫びますよ。


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「黄金の輝き」とは?

悲しい映画を見ました。
「アウトサイダー(The Outsiders )」(1983年 フランシス・コッポラ監督)

The_outsiders C・トーマス・ハウエル  (Ponyboy Curtis)、マット・ディロン  (Dallas Winston) 、ラルフ・マッチオ  (Johnny Cade) 、エミリオ・エステヴェス  (Two-Bit Matthews)、トム・クルーズ  (Steve Randle) 、ダイアン・レイン  (Cherry Valance)
1983年公開当事ほとんど無名だった役者を抜擢した、当事すでに名監督の名を得ていたフィランシス・フォード・コッポラの撮った作品「アウトサイダー」。

あの、「ゴッド・ファーザー」「地獄の黙示録」の監督の映画。すっと観たかったんだけど観れなかった「アウトサイダー」を遂に観てしまった。ダイアン・レインのファンとしては、観たかったのだけれども、何度も観るのを見送った映画。

マット・ディロンが出ているからには結末に想像が付くというものなのだけれども。

ダイアン・レインはやっぱり「切なくて可愛い」がC・トーマス・ハウエル、マット・ディロン   、ラルフ・マッチオもやっぱり「切ない」。

何で?、どうして?、何で?が頭の中を共鳴する!!。

ポニーボーイ「山の手からも夕焼けが?」
チェリー「見えるわ」
ポニーボーイ「下町でも見える」
チェリー「ありがとう あなたはいい人よ」
ポニーボーイ「またな」

ランブルのまえのセリフだけれども、作者の意図を象徴している。「何で?、どうして?、何で?」が作者の意図なのでしょう。
コッポラはその答えを見つけていないし、無論私も見つけていません。でもこだまする「何で?、どうして?、何で?」

そういう映画です。

観なさいとは勧められないけれども、観ても価値がない映画ではないことは確かだと思います。作者の意図が知りたかったらぜひ観てください。広い意味で、あなたの周りに無数に存在している問題を題材にしていますから。

最後にジョニーが言った言葉「黄金の輝き」とは何のことなんでしょう?

この映画の後成功した役者さんは多いけれども、この映画からいったい何を学んで今があるのでしょうか。


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LOVERSはやっぱりLOVERS

この頃、ちょっと武侠もの中国ものに偏っていますが今回はLOVERS(2004年 張藝謀監督)について書きます。

時代は唐代、緑林の幇会(盗賊秘密結社とでも言うようなものですか)「飛刀門」の前首領の盲目の娘が遊郭「牡丹坊」にいるとの情報をつかんだ捕吏の劉(アンディ・ラウ)が同僚の金(金城武)にわざと娘を逃がさせ、その本拠地に案内させようとするのだが…。

Lover0_2 遊郭「牡丹坊」の踊り子「小妹」(チャン・ツィイー)が劉の指示で行う「仙人指路」は圧巻です。劉の投げる豆が打つ太鼓を踊りながら小妹がその長い袖で正確にたたいていく。その踊り、美術、衣装(さすがワダエミさんです)は見事です。

Lovers2 竹林を金と小妹が追手から逃げるシーンも見せ場の一つです。「チェオクの剣」の最初とラストでも同じようなシーンがありますが、これは1対1ですが、「LOVERS」のほうは2人が取り囲まれている状態です。それに執拗で、死の寸前まで追い詰められますが…。

ところで、「LOVERS」は武侠映画なのでしょうか?武侠小説や映画では「緑林の幇会」は義侠の士の集団であることが多いのですが、この「飛刀門」の性格が今ひとつつかめない。何が目的なのかが良く分からない。例えば金庸の「書剣恩仇録」に出てくる幇会「紅花会」などは、完全に「反清」の漢民族の侠士集団です。「飛刀門」は緑林の幇会ではあるらしいのですが…。
それに「武侠映画」では必ず強い絆の師弟関係が描かれていますが、これには全くありません。
同じような体裁の映画「グリーン・ディスティニー」(2000年 李安監督)の主人公リー・ムーバイ(チョウ・ユンファ)は義侠心からイェン(チャン・ツィイー)を正道に戻そうという話です。また、ユー・シューリン(ミシェル・ヨー)とリー・ムーバイは惹かれあいながらも師弟関係のために結ばれないという「武侠…」には特有の世界が描かれている。ですから「グリーン・ディスティニー」は「武侠映画」といって差し支えないでしょう。

要するに「LOVERS」はどうも、「武侠映画」の形を借りた「恋愛映画」だということでどうでしょう。結局、ラストにあるだろうと思わせた。「飛刀門」と朝廷の精鋭部隊との戦いは描かれませんでしたしね。

ですから、「武侠映画」だと思ってみたらがっかりしますが、劉徳華と金城武と章子怡の三角関係を描いた「恋愛映画」だと思って見れば、映像の美しさから言ってかなりいい線なんじゃないですか。(章子怡は可愛くて切ないから!)
Lover3 金城武は相変わらずですが、劉徳華(アンディ・ラウ)は「小妹を愛しながらも掟に従い捨石にせざるを得ない」という難しい役どころを見事にこなしていて見ごたえありだと思います。

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「九陽神功」って何ですか?

周星馳(チャウ・シンチー)は好きだなー。「食神」(1996)「少林サッカー」(2001)「カンフーハッスル」(2004)の3作しか見ていませんけれども。
特に「カンフーハッスル」はおもしろい。まあ、ちょっと変わった武侠映画と言ってもいいと思います。

舞台は現代の中国のようですが、子供の頃行商人?から買った武術の奥義書で修行するのですが、結局どうしようもないチンピラになって…。ネタバレはしませんがまるである意味「ドラゴンボール」みたいな映画です。それも周星馳独特のあの味付けで。

2 この二人は貧民街のアパートの経営者なんですが、実は武術の達人で左の女性は「小龍女」右が「楊過」という名前なのですよ!!これは金庸の「射鵰英雄伝」シリーズ第2作目の「神鵰剣侠」(原題「神鵰剣侶」)の主人公と同じと言うことで。まさかあの「小龍女」と「楊過」の成れの果てがこのアパート経営者なの?周星馳一流のしゃれっ気なんでしょうね。
まあ、まさに達人同士の戦いが繰り広げられるのですが。

百の言葉を並べても面白さは通じないでしょうから、ご覧になっていない方は、ほんとに一度観てみてください。

「少林サッカー」がいいと思った人には絶対お勧めです。周星馳自身武術の心得があるのだと思いますが、CGや ワイアーアクションを駆使した映像は圧巻です。

でも、その前に「射鵰英雄伝」シリーズを読んでおくことをお勧めします。読んでいないといくつかのシーンの面白さがわからないでしょうから。「小龍女」と「楊過」のシーンを含めて。

Photo_6 最後に行商人が、女の子に売りつけるようとする「九陽神功」と書かれた書物は多分「射鵰英雄伝」の「九陰真経」か、シリーズ第3作目「倚天屠龍記」の「九陽真経」をもじったものでしょう、

一陽指」は「射鵰英雄伝」の南帝こと一灯大師の必殺技。

「降龍十八掌」は「射鵰英雄伝」で北丐こと洪七公が郭靖に伝えた必殺技なんですよ。

(あとの二つは良く知りませんが)

中国圏ではこの小説はベストセラーなので、自然にこのシーンでは爆笑が起こったでしょうけど。日本では余り知られていませんので、解説しておきました。こんなことを全編にちりばめている周星馳のしゃれっ気が実は大好きなんです。

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[丐」この字が読めますか?

「丐」は「かい」と読み、意味は「乞」とほとんど同じのようです。
この「丐」の字が分からないと「東邪西毒北丐南帝」というのを読めませんものね。
ここまで読んで何のことだか分かった方は、武侠小説を少しはかじった方か、もしくは華流にはまった挙句歴史ドラマにまで手を出してしまった方のどちらかでしょうね。
「射鵰英雄伝」のことは以前にも少し書きましたが、武侠小説の大家「金庸」の代表作です。
舞台は南宋末、北はすでに金の支配下にあり、モンゴルではチンギスハンの蒙古統一が進んでいるという時代背景を縦軸に「九陰真経」という武術の奥義書を奪い合おうとする人々の争いを横軸にして、その中を主人公の郭靖と黄蓉出会い成長し恋をする…正に武侠小説の王道というにふさわしいものです。
「東邪西毒北丐南帝」(とうじゃせいどくほっかいなんてい)は「射鵰英雄伝」を彩る超人的な武芸の達人です。北丐こと洪七公は主人公の郭靖と黄蓉の師匠、東邪こと黄薬師は黄蓉のお父さんなんですが。
3 まあ、内容は小説を読むなりDVDを見るなり(リー・ヤーポン=郭靖とジョウ・シュン=黄蓉のがかなり原作に忠実で面白いですよ)で楽しんでください。小説は文庫で全5巻、DVD11巻、全42話の大長編です。
数あるキャラクターの中で特に頼りになる師匠北丐こと洪七公やとぼけた達人老頑童こと周伯通が特にお気に入りです。
まあ、今回はご紹介だけにとどめておきます。

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しかし、現実は…

最近日本で韓国の人を扱った映画が増えているような気がします。これも「韓流ブーム」の一環なんでしょうか?

「チルソクの夏」(2003年 佐々部 清監督)
「パッチギ」(2004年 井筒和幸監督)
「リンダリンダリンダ」(2005年 山下敦弘監督)

どれも高校生の物語ですが、みんななんか切ない話です。
韓国と日本の関係を考えると切なくなるのでしょうか。

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「チルソクの夏」は山口が舞台のようで、大学時代を山口で過ごした私にとっては何かとても懐かしいものを感じました。大学時代には在日の友人も何人かいましたが、今はどうしているでしょうか?しかし、特に戦前・戦中派の人たちの、朝鮮半島の人々に対する偏見は根強くあるのが良く分かる映画でした。

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「パッチギ」はいわずと知れた井筒和幸監督作品。京都が舞台で今をときめく「沢尻エリカ」さんの主演映画!加藤和彦音楽、なんとあの「オダギリジョー」まで出ています(いい味出しています)テーマ曲になっている「イムジン河」(1968年 高宗漢 作曲、朴世泳 作詞 松山猛訳詞 ザ・フォーク・クルセダーズ)発売禁止・放送禁止になったこの唄を私は聞くすべも無く、買った雑誌で松山猛さんの訳詞を見つめ「なんて悲しい唄だろう」と想うだけでした。

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「リンダリンダリンダ」監督の山下敦弘さんはなんと私の住居の近くの某大学に通ってらっしゃったみたいで、もしかしたら最寄り駅でお会いしているかもしれませんね。
韓国の人気若手女優「ペ・ドゥナ」や子役で人気を博した少し成長した「前田亜季」などが出演。上の二つがむしろ私の年代に近い話なのに対して、これはまさに現代が舞台のようです。「ああ、今の高校ってあんななんだろうな」と思わせる一編でした。
当然「リンダリンダ」(甲本ヒロト作詞・作曲 THE BLUE HEARTS)がモチーフになっているわけで、ヴォーカルがいなくなったバンドのヴォーカルに韓国人留学生のソンさん(ペ・ドゥナ)が入るって話なんです。「リンダリンダ」を持ってくるあたり卓抜だなという気にさせる映画でした。

こんな映画を見ていたら、政治や国家の思惑なんてどうでもいいじゃないか!!と思ってしまいます。そう思う日本人が増えてきたということならば大歓迎なのですが、しかし日々報道される現実のニュースは…。

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豚に恋する男

「バムセ」って知ってますか?「ロッタちゃんの愛する豚のぬいぐるみ」と言ってもわかる人には分かるし、分からない人には分からないでしょう。
映画「ロッタちゃん はじめてのおつかい」で見たぬいぐるみ「バムセ」が気に入りとうとう一番小型のものを購入してしまいました。いつもパソコンラックのプリンターの隣に居て、不機嫌なロッタちゃんのお友達の「バムセ」は私を癒してくれています。

Photo_2 (中年男性にしてはかなり恥ずかしい行為でしたが)ネットで調べたら「ロッタちゃん」シリーズの原作者リンドグレーンさんがお亡くなりになり。このぬいぐるみも製造中止とか…さびしいかぎりです。

調べるとスウェーデンの児童文学者リンドグレーンさんは「長くつ下のピッピ」や「名探偵カッレくん」の作者でもあるらしく、それらの作品を読んで育った私は、リンドグレーンさんそのものが好きだったのかもしれません。もう一度それらの作品を読み返してみようと今思っています。
タバコ吸いの私の「バムセ」はすぐに茶ばんでしまいます。
また、娘にお風呂に入れてもらわなくては…。

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アッパレ女子高生

高校の夏休みが始まるのは歓迎すべきことです。この時期通勤時間帯の乗客の数が明らかに減り、座席に座れる確率がかなり高くります。(長距離通勤の腰痛持ちのおじさんとしては嬉しい限りです)
9月に入って、また高校生が戻ってきました。元の木阿弥です。以前は、女子高生が見れなくなってさびしいと思ったもんですが…(苦笑)。

しかし、最近「ルーズソックス」というものをめっきり見なくなりました。ここ数年間は「ルーズソックス」は女子高生のシンボルでした。かなり厳しい宗教系の高校生か、かなり上位の受験校以外は誰もが「ルーズソックス」を履いましたが、今は、黒のハイソックスに代わってしまっている。

010100000017_n韓国映画に「愛しのサガジ」(2004年)というのがありますが、そのポスターでハ・ジゥオンさんがそんな黒のハイソックスを履いています。当時25歳だった彼女が女子高生の役かよ!と思いつつ今年公開されたときハ・ジゥオンの魅力に惹かれて見に行ってしまいましたが。

「ルーズソックス」と「黒のハイソックス」一見全く別物ですが、同じ効果を持っているのです。つまり「足を細く見せる」と言う効果です。なぜ足が細くなければならないのかという議論が別におくとして、少なくとも現代女性はそれを肉体的な美的要素のかなり高い位置に置いていることは間違いないようです。自らをそう見せたいと望むならばそう見られる方法を取るのは至極当然の行為なのですが。

J627bd しかしその二つが、なぜその効果を生むのかは別の理論によると考えられます。
「黒のハイソックス」が足を細く見せるのは当然の事として、「ルーズソックス」は全く逆に太く見せることで細く想像させるという効果を狙ったものです。

かくて、人々は女子高生の罠にまんまとはまってしまうのです。
女子高生はその姿をより自分の理想に近づけるために、「科学的に」「心理学的に」有効なアプローチがある程度の成果が得られているからブームとして成り立っているのだと思います。
効果を理論的に意識していないのかも知れませんが、なぜそうしなければいけないのかは分かってやっているのだと思います。それを考えると「アッパレ女子高生」とか「がんばれ女子高生」とか「お父さん的に」エールを送りたくなってしまいます。

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カッコいいってわかるかい?

大塚まさじの曲じゃありませんよ。(それは「男らしいってわかるかい」やろと、ツッコミが入る…それにしてもネタが古いなあ年齢が完全にばれてしまう。)

武田泰淳の「十三妹(シイサンメイ)」の主人公何玉鳳まさにカッコいいの名に値するのでは。言葉での表現は難しいけれども「グリーンディスティニー」のミシェル・ヨーいや年齢的にはチャン・ツィイー  かな?「チェオクの剣」のハ・ジウォンを想像して頂ければいかと思います。

「児女英雄伝」(清代)と「三侠五義」(宋代)をごちゃ混ぜにして煮て焼いた感じの小説なのですが。しかし、ネタ本の「児女英雄伝」にしても「三侠五義」にしても現代人から言わせるとエンターテインメント性に欠けるといわざるを得ないものですが。(もっともネタ本を読もうと思っても、古本屋か図書館にしか置いてない中国古典文学大系で読むしかないのですが)武田泰淳さんはその二つを混ぜ合わせることで現代のエンターテインメントとして変身させたのですよ。

主人公の何玉鳳は、美人で、武芸の達人で、やたらと秘密の行動が多く、身が軽く、神出鬼没という武侠小説の女主人公の典型のような人なのです。

安家の第2夫人たる彼女にまつわる決闘あり、謀略あり、ついにはは夫を「探花」(科挙試験の第3位合格だが才貌兼備の者がなるとされる)にまでしてしまう…。

夫である安公子を愛し寄り添いながらも、第1婦人の張金鳳とも仲が良いという、現代では考えにくい設定なのですが…これも有りでしょう。

どうも映像化されていないようなのでどこかの映画プロジューサーの方ごらんになっていたらぜひ、ハ・ジウォンさん主演で映画化を!!

それと、中公文庫版の表紙をご覧ください。やたらとカッコいい彼女の絵がありますから!!

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それはないでしょう!

結構映画が好きでよく見ます。
ハリウッド、邦画、フランス、中国、韓国…。
新しい物だけではなく古いものでもスクリーンでは
色褪せないで残っている。

「初恋の来た道」のチャン・ツィイーは可愛くて切ない
「イルマーレ」のチョン・ジヒョンは可愛くて切ない
「ピストン野郎」のカトリーヌ・ドヌーヴは可愛くて切ない
「忘れられない人」のマリサ・トメイは可愛くて切ない
「中国の小さなお針子」のジョウ・シュンは可愛くて切ない
「草原の輝き」のナタリー・ウッドは可愛くて切ない
「ワニ&ジュナ」のキム・ヒソンは可愛くて切ない
「冒険者たち」のジョアンナ・シムカスは可愛くて切ない
「恋する神父」のハ・ジウォンは可愛くて切ない
「コヨーテ・アグリー」のパイパー・ペラーボは可愛くて切ない
「インデアン・サマー」のダイアン・レインは可愛くて切ない

(可愛い女優さんで切なかったらなんでもいいのか!
…そうです)

最近、ハリウッドでリメイクが横行しています。
あれだけ作ればネタが不足しているは分かりますが
少々度が過ぎてやしませんか?

最近では「ShallWeダンス?」をリメイクして
リチャード・ギアとジェニファー・ロペスがやってましたけど
まだ、原作に近い配役といえたかもしれません。
ただそれだけに、原作にはるかに及ばない出来でした。

「ニキータ」のリメイク「アサシン」はまだ見れる映画でしたが
(ブリジットフォンダが可愛くて切ないですので)
リメイクして原作を超えた作品があるのでしょうか?

今度「イルマーレ」をキアヌ・リーブスとサンドラ・ブロック
でやるそうですが、それはないでしょう。

「イルマーレ」のチョン・ジヒョンが可愛くて切ないからあの
映画はいいのですよ!
別の作品としてみればいいのかもしれませんが…。

やはり「それはないでしょう!」

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