雑記080718
今日から20日まで棚卸…よって更新はパス…かな。
7月17日
本当に暑くなりました。
昨年来の課題…職場の作業環境の改善は絶対必要です。
今着目しているのは「ドライミスト」です。
水滴を10μm位にしたミストを放出し、瞬時に気化させ冷房するシステムです。
この冷房方式は熱媒を使った熱交換=クーラーとは違い、冷気の反対で暖気を生まない特徴があります。
しかし、気化熱を奪う事で冷房効果を生み出すという性格上、周囲の相対湿度を上げてしまう危険性があります。
金属製品を扱ううちの会社に適しているのかどうかは未知数です。
来週デモ機が来るようです。楽しみですね。
7月16日
私の勤務地の喫煙場所はまるで温室のように半透明のプラスチックの波板で半面覆われています。
今日梅雨明けしたようです。だから本当に温室みたいです。
汗をかきながらタバコを吸っていると、どこからともなく大きなトンボが迷い込んできました。
大きさから言ってオニヤンマかな?
ああいうところに入るとトンボなんかは逃げ出せないのですね。何度も波板に当たっては跳ね返され、うろうろ繰り返しています。
昆虫には蝶のように完全変態(卵→幼虫→蛹→成虫)するものだけではなくトンボのように不完全変態(卵→幼虫…トンボの場合ヤゴ→成虫)となるものもいます。
さらに、トンボが特徴的なのは、他の多くの虫と違って、羽を後ろで閉じる事ができないのです。
完全変態するのも、羽が後ろで閉じられるのも、進化の過程で昆虫が獲得してきた形なのです。
…つまり、トンボは古代の昆虫の姿をしたまま今に生きている生き物なのですよ。ある意味生きた化石と言っていいのかもしれません。
だからかもしれませんが、蝿や蝶のように結構出入り自由な昆虫と比べて頭の回路が単純なのかもしれません。
随分ぶつかっていましたが、次に喫煙所に行ったときにはいませんでしたからちゃんと外に飛び出せたのかな?
…もう、夏ですね。
7月15日
う~ん、ちょっと仕事しんどいかな。
色んな横槍、不具合は相変わらず。トップの指示も定まらない…。
まあ、今に始まったことではないか(苦笑)
仕事帰りの山越えですごい雷雨。すぐ近くの山に落雷が…ちょっと怖かった。
雨は前の車のテールランプが見えないぐらいの集中豪雨。
峠を越えて雨が急に止みました。ほっと一安心して別のことを考えていました。
今度のプロジェクトになんかかっこいいコードネームをつけようかなどと。
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久しぶりに友人からメールが。元気でやっているようですが、なんと先日運転している車が横転して車が全損したそうです。幸運なことに友人はかすり傷一つ無しとのこと(でも車両保険に入っていなかったため半分は自腹だって泣いてました)
無事なことが何よりですよ。ほんとにもう…怪我したり死んだりしたら目も当てられない…友人(だと思っている)私もそんなことになったらどうしていいかわからなくなるではないですか!
「危ないことしちゃだめだって言ったのに」とは、ヤン・ウエンリーのユリアン・ミンツへの言い草でしたっけ。
本当に、安全運転しましょう…っと人のことは言えず先日スピード違反で免停くらった私ですが(大泣…7万円也)
2008年7月14日
今日は1日本社で会議…にしてしまった。
午前中は在庫移動の打ち合わせ。
何のことだか訳がわからん会議、何でもやり始めれば何とか切り抜けられると言う考え方が支配的。何にも決まらない…精神論が先行する、…何も決まらず閉幕。
午後からは、新規システムの依頼のためにソフトハウスを呼ぶ。
結構実質的な話をする…当たり前で、私が途中まで作ったものをアウトソーシングに引き渡す話。
思いは伝わるのかは不安。
もう一つ、まだ構想段階のシステムを話す。わかってくれたのかな?
仕事に対する信念はある程度あるつもり。人と話しているうちにこうすればいいとアイデアが少しづつ湧いてくる…いい傾向です。
今日は本社から直接帰宅、早く寝よう。
7月12日
今日は月1回の病院の日、10時の予約。家内に病院に送ってもらう。診察後近くのホームセンターで買い物。
デッキに散水装置を設置。もう梅雨明けは間近。少しはすずしくなるか?
久しぶりにHDに録画してあった映画を鑑賞
「サマータイムマシーンブルース」やはり秀作だった。上野樹里やっぱり結構すきかな。思わず、「スイングガールズ」も見てしまう。終わる前に寝てしまった。
7月13日
散水装置を試す。デッキにに少し涼風が。成功と言わぬまでも、まあまあか。ドライミスト装置がほしかったが高価なり。
WOWOWで「ザ・シューター」と「サンシャイン2057」を見る。前者は佳作、後者は駄作。
まあ、映画の当たり外れはあたりまえ。評価も人によって違うしね。
篤姫をみる。結構気に入っています。この宮崎あおいさんは好きかな。
6月1日
今日は再(再々)就職1周年記念でした。
んなところで家内と
結構はやっているイタ飯屋らしくっていつもいっぱいなんだそうです。
マルゲリータは結構単純なピザですが結構おいしかったですよ。
まあちょこっとおしゃれなこんな店もたまにはいいかと思います。
上の左の写真の左の瓶はワインの測り飲み(?)だそうでチェックで定規で残りを測りに来ました。(ボトル開けるつもりだったのに…)
一応お店の紹介をしておきます。
まあ、10日も前のことですが、少しは余裕が出てきたと言うことか。
まあ、皆様に忘れられないように少しは更新していきます。
今日は昨日も書きましたように25回目の結婚記念日でした。
娘の勤める会社のチェーン店の25%OFF券を手に外食で昼食を済ませた後、買ってもらいました前からほしかったもの
ディスクグラインダーです。今まで何故か持っていなかった工具です。
これがあるといろいろと工作できます。お返しにすぐ一品作りました。
ジャーン
敷地の隅においてあったドラム缶の上を切り開き、空気抜きの穴を開け簡易焼却炉の完成です。
なかなか、上々の仕上がりで、色んなものがきれいに焼けて大助かりです。
家内の趣味の焚き火に一役買えたかと…。
まあ、25年目の結婚記念日なんてこんなものですね。
追伸
昨日の家内のムカデ騒動は腫れもなく、なんとも無かったです。私のアドヴァイスが効いたのでしょうか?まあ、よかったですよ(笑)
さあ、寝ましょうとしたときに台所から家内の「ギャー」という声が…慌てて台所に行きますと家内が言うに「牛乳パックの中にムカデが」と。そして刺されたようです。でもしっかり牛乳パックの中に閉じ込めたそうです。そっと蓋をしポリ袋に包んで外へ捨ててそうです。
きっと明日の朝は手を腫らしているでしょう。抗ヒスタミン剤とステロイド剤の合剤を飲んで寝るようにいいました。
私はそうでもないのですが家内は結構いろんなものに刺されるようで…困ったものです。
明日は休日診療所かもしれませんね。
実は明日は25年目の結婚記念日なのです…いわゆる銀婚式ってやつですか。2人でどこかに静かに食事にでも行こうかと思っていたのですが、どうなります事やら。
今年はゴールデンウイークがなさそうです(泣)
まあ、小さな子供がいるわけでなし、趣味に時間を費やすわけではなしの今の私のとって無用のものと言えなくもないですが(GWがです)
今の仕事は一応ライン管理職なのですが、部下の殆どが現場の人間で、いわゆるホワイトカラーと言えるのは所長と私と私のアシスタントだけです。
今の施設のシステムの入れ替えがあって、そのため5/3~5/6までは出勤です。まあ、現場が動いているときには出来ない仕事ですから、それが責務と言えば責務なのですが。
しかし、今度に限ってはどうもうまくいく自信がもてないでいるのが怖いというが本当のところです。
物流システムなのですが、不確定要素が多すぎることと、走りながらに近い入れ替えだと言うこととか、随分前から準備していたはずの物が土壇場でかなり見落としがあったりとか様々な理由によるのですが。
まあ、私は名目上の主管ではないのですが、コンピュータ・システムの理解や理論的な運用方法を立案した手前実質的には主管で動いています。
GWがつぶれるのはまあいいのですが、5/7から恐怖を味わうのではと戦々恐々であります。
その他は色んなプロジェクトはそれなりにこなしています。
今日も、2つほどミーティングを行いそれなりの結果になった(私の思っていた方向に導けた)と思っています。
まあ、何とかなるでしょう…そう思わないとやっていけませんものね(笑)
人の言葉を聴きもう一度自分の言葉に置き換えて人に返す事
これ、ビジネスの現場だけではなく、日常生活でも大切な事なのですよね。結構忘れがちで、誤解や曲解を生んでしまう現況になっているのを痛感します。まあ、それを知りつつあえて曖昧にしておくという場面も戦術としてはあるのですが(笑)
でも、余り使うわけにもいかず(結構最近意識して使う場面がありますが…いかん事ですね)
でもスムーズに意思の疎通をするためには
人の言葉を聴きもう一度自分の言葉に置き換えて人に返す事
は励行すべきでしょうね。
でも、それは会話だけではなく、いろんな学習でも言えることで、ただ単純に板書するだけではなく、自分の言葉に置き換える事で自分の物になっていくというのはあると思います。
まあ、そういう意味も込めてこのブログのタイトルがあるのですがね。
今日の夕食はパリパリ麺のあんかけでした。
…っとそれはどうでもいいことなのですが。
うちの奥さんが作っているのを焼酎を飲みながら見ていると、3人分としてはちょっと多いと思われる量のあんでした。
食後台所をのぞくと…
帰って食事するかどうか分からない娘の分まで作ってありました。
これを見て、ああ母親なのだなと思いました。
日頃、無駄を避けるように言う奥様ですが、これは無駄とは全く考えないのですね…。
私(男)は分からないものは、作らないって言う発想になりがちですが、女性は違うのだなと思わされてしまいました。
家族を守る事に関して、男はだめですね(泣)
なんか人類を守るみたいな途方も無いことをいつも考えているようなところが私にはあって、その中に「家族」があたりまえにいるという事を考えもしないで…まだまだですね。
結論、男はいつまでたっても女の人にはかなわないのです。
実感として、今日感じてしまいました。
とりあえず少しでも余裕のあるときに更新をと努力を(泣)
(ああ、もう長いお付き合いの人たちにも見捨てられ始めているだろうなと思いつつ)
3月21日付けで一応昇進しました。一応なんだか分からない「ホニャララ長」という役職です。まあ、転職1年未満で役付きになったのですから良しとしましょう。(「ホニャララ長」でも…泣)
まあ、続けてこのブログを見ていてくださる読者の方には分かっていただけるかと思いますが、結構努力して勝ち取った役職ですので、評価していただいたのだと素直に喜んでおきます。
おかげさまで、会長とも社長ともさしで話が出来る関係も築けていますし、パート社員さんとも派遣社員さんとも軽口をきける関係も築けていますのでまずますの1年だといえるのでしょうね…。
もっと世間離れした事をここで書きたい!!
これが私の望みです。
一つ前に書いたドームの話題もその表れです。
何にも無い春よりは、まだ見ぬドーム建築に思いをはせ、河川敷の桜やその下に咲く雪柳を愛でる日々が本当の自分だと信じて、日々を生きていたいと思う毎日です。
(ああ!ここのところずっとJiwonちゃんからの投稿ですね…。)
何か新しい事を始めようという気になってしまいます。
以前から気になっていた事…正20面体を構成する正三角形を2等辺三角形で分割してできるいわゆるジオデシック多面体を使ったジオデシックドーム…これを本格的に作ってみようかと思ったりしています。
はじめは、ネット上に設計図が転がっていればそれを利用しようと思っていたのですが、あまり都合よくは転がっていませんでした。
しょうがなく三角関数なんかをもう一度勉強しなおして1から理解している途中です。
1辺1m未満の3角形のパネルを整然と並べれば理論的には強固なドーム建築が出来るはずです。
この「はずです」が微妙で、理論と実際とはいつでも食い違うのですが。
結局極論すれば私は、考える過程が好きなのだなと思います。
それは、仕事でも、趣味でも。
結果として出来上がったものに余り執着しないところがあります。
だから、未完成がすきなのかもしれません。
未完成の仕事、未完成の趣味…結局私の生き方はそれを追及しているのかもしれません…と思う今日この頃です。
久々の更新でまた訳の解らないことを書いてしまいました。皆様お見逃しを…(汗)
最近007シリーズの「ロシアより愛を込めて」を久しぶりに見て、やっぱりジェームス・ボンドはショーン・コネリーだなと思ってしまいました。
ジェームス・ボンド役のころのショーン・コネリーが当時の自分にとって好ましい人物だったかどうかは別にして、今の自分にとってはショーン・コネリーのジェームス・ボンドは最高にかっこいいと思いますね。
コネリーの007復帰のNever Say Never Againは彼の最後の007だと思いますが「もう一度はないなんて言わないで」とは題名からしても実に粋なものだと思います。当時53歳今の私より年上です。
もう次はないよ、と言われるのは実につらいことです。人間やっぱり次があるからと思って生きているところがありますので。
やっぱり「Never Say Never Again」ですよね(笑)
もう、ショーン・コネリーに007は無理にしても、私はまだ「Never Say Never Again」の彼の年に達していませんから、まだNever Againとは言いません。
本当に更新がまばらで申し訳ないですが、今日友人と飲んでいて、ふとそんなことを思ったのでちょっと酔った勢いで更新してしまいました。
読者の皆様
ご無沙汰でございます。
別に、ブログを辞めてしまったわけではないのですが、なかなか仕事の方も忙しく更新できていませんでした。
最近のトピックです。
①ここ数年来の懸案だった自宅の外壁および屋根のコーキングの打ち換え、外壁・屋根の塗装が今日完了しました。私は朝家を出て夜中に帰ってきるのでそうでもありませんが、家内はパートに出ているとき以外は自宅にいますので、「息苦しい」といっておりましたが、今日の午前中で足場や覆いも撤去されリニューアルした自宅が出現しました。
やっぱりいいものですね。本当に真新しい感じになって。またCATVに切り替えたけれでもまだ残してあったアンテナも除去してもらって屋根もすっきりしました。
Pホームの住宅ですが、結構いい担当に恵まれ、礼儀正しい作業員の方で仕事振りもてきぱきしており家内も満足しておりました。
②やっぱり仕事のこと。どんどん忙しくなってきています。この3月末ぐらいから流通センターのほぼ実質的な責任者の地位に着くことになりました。そうなるとますます大変です。
新組織は何度かお伝えしてたように何とか組みあがりあとはそれをちゃんと機能させることが第一の仕事です。
加えて新しい機械の第1弾が昨日納品があり、それを使う工夫をしていかなければなりません。
それで若干オーバーワーク気味になっています。
③やっと庭の紅白梅が満開になって当りに芳香を漂わせています。
④ちゃんと結婚できるのだろうかと心配していたカップル2組が今年挙式が決定して安心しています。2組とも社内恋愛のカップルなんですが、お似合いです、お幸せに…。
⑤娘に恋人が…疑惑が今持ち上がっています。真偽のほどは…よくわかりません。
大学時代にもそんな風な話もちらほら聞いていたのですが、社会人ともなると若干事情も変わってくるでしょうから。まあヤキモキしても始まりませんしね。
⑥息子がとうとう下宿生活を始めることになりまして、この3月1日から借りています。
もっとも、まだ大学の方が始まっていませんので、殆ど家にいますが。
まあ、そんなところです。
たまには更新しますのでお見捨てなきよう。
theta2拝
自分がわかっている言葉が他人に理解できていないと思う事が私には多いような気がします。
「それは、どういうことですが?」と聞き返されることが度々あります。
「オノマトペ」擬態語、擬音語の総称として用いられる言葉ですが、私はこのオノマトペを使わないように努力してきた人なのです。
オノマトペはやはり曖昧で、人が勝手に作り上げた感覚というか概念に立脚している事が多いのは言うまでもありません。
しかし、言葉足らずを補完する言葉としては極めて有効な事は事実です。ニュアンスを伝えるという意味では特に…。
最近、場合によってはオノマトペを効果的に使う事があります。語彙が見当たらず。もしくは適当な(相手が理解してくれそうな)言葉がなく使ってしまう事があります。
注意して使わなければなりませんが、これからは、オノマトペも大いに使ってコミュニケーションを図らなければと思う毎日です。
更新頻度激減と言うことで読者の方もあきれておられることと思います(汗)
言い訳としては仕事が忙しく、プロジェクトをいくつも抱えてその上極めつけの大きなプロジェクトがまたか降ってきて…ってことですかね。
社長いわく「GW明けまで暑い夏になるで」と笑っていました(泣)
こりゃいかんと昨日は厄払いで有名な「我孫子観音」に詣でてきました。
正月が喪中でしたが義父の百箇日法要も済み、喪も明けたと、これが初詣なんですが。
天王寺のHOOPに入っている点心や刀削麺で有名なロン・プ・シャオ・チィ・グゥァンで軽めの昼食をとりいざあびこまで。
着いたらおっととんでもない人出です。お寺の周りをぐるっと一周する一方通行の参道には人があふれています。みんな色んな厄を背負っているのですね。
そしてやっと山門に到着…みんな押し合いへし合い、警備員まで出て「みんな押さないで一方通行で進んでください」って上野でパンダを見て以来ですよ。
先ず、昨年の古いお札を奉納して、次にお線香(一束50円也)を買い求め、炭火で火をつけます。
巨大な線香たてに線香を立てて線香の煙を全身にかぶります。もちろん厄除け無病息災の意味です。
そしてご本尊様にお参りし、新しい年のお札をいただくという寸法です。
すぐ横のところで護摩だきをしています。夜に来ると大層きれいだそうです。
帰りは出店で大賑わい。
昔はたこ焼きや天津甘栗や関東炊き(おでん)が多かったですが最近はチゲやトルコの焼肉まであります。バリエーション豊富になったものです。
しかしここではやはり定番の厄除け饅頭でしょう。
以上我孫子観音詣でレポートでした。
縄を編んだ事がありますか?別に稲わらで作らなくても出来ます。
同じ方向によった二本の紐を寄り合わせることで、どんな紐でも作る事が出来ます。
紐同士のもどけていこうとするのを重ねる事によって中和し安定な一つの紐として成立させるというのがこの技術の真髄です。
同じ方向に回転するする二つの紐が力を打ち消しあって一つの紐として形作る。
まさに人生そのものかといったのが「禍福はあざなえる縄の如し」という言葉です。
初出は定かではありませんが、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の中にある記述として私は記憶しています。
いま私は仕事上では結構順風満帆なのですが、その裏ではやはり色々あって、思うように行かない事もいくつかあって、特に人事上のことで思うように進まない事が多いです。
外部から招聘するつもりだった、私の少ない手持ちの人材が結局来ていただけなくなったり、いったんおりた稟議がペンディングになりそうになったりさまざまです。
まあ、禍があるということはまためぐって福も表に出てくるという事で納得しておきましょう。
最後にMさん、ご婚約おめでとうございます。末永くお幸せにと心から祈るばかりです。
正月3日からのバタバタも何とか終わりやっと穏やかさが戻っときました。
あと正月休も1日になりましたが、特に惜しいような気はしません。実は特にこの休みは正直なくてもいいなと思っていたんですけど。
色々な意味で今仕事をしているのは楽しいですし、家庭的にも殆ど心配がないのです。これは私の人生でも稀なことなのです。
家庭で問題がなく、仕事で新しい展開が生まれそうなのは本当に私の望むところで、これ以上を望んでは罰があたるというものです。
ところで、この3日間のことですが、「人を見送る」ということがどういうことなのかということを客観的に見られたという意味でいい経験をさせていただきました。
というのも、親族という立場で臨んだにもかかわらず、その本当の末席にいましたので客観的でいられたのですが。
本当に「見送らなければならない」人たちと、その他大勢であの儀式は成り立っているのだなという事です。
そして本当に「見送らなければならない」人たちも「真剣に儀式を全うしようとする」人と「真に悼む」人がいるということ。
昨年、義父を見送ったときにはかなり近い立場だったので見えなかった事が見えてきた気がします。
わたしはこういった儀式は少なくとも現代では「生き残った人々」のための儀式だと思っています。それは故人の意思とは殆ど無関係に進んでいくものなのですが…。
だから、そうであればあるほど「真に悼む」人がやはり中心に据えられるべき儀式であるべきなのだなと思いました。
そういう意味では、今の儀式は余りにも形式化されすぎているように思わずにはいられませんでした。
わたしは、大それたことを言っているのでしょうか?
今年の3が日も穏やかな…と言いたいところだったのですが。
まあ、映画もいっぱい見て、ブログも休みの間にいくつか更新してと考えたのが甘かったようです。
元旦まではよかったのですが、2日に隣の親戚のおじさんがお亡くなりになって、昨日が仮通夜、今日がお通夜、明日がお葬式となってしまいそれどころの騒ぎではなくなってしまいました。
このおじさん、お隣にお住まいで、まあ遠縁にあたる方なのですが、このご夫婦にお子さんがなく私のはとこが夫婦で養子になっていますので、実質的には私の大叔父に当ってしまいます。
とても田舎のことですし、親族の少ない方ですので、結局は親族ということになってしまいます。
まあ、正月休みの間にお亡くなりになっなったのが不幸中の幸いと言うことなのかもしれません。
正月早々縁起でもないとおっしゃる向きもあろうかとは存じますがご容赦を。
もうすぐ元旦も終わりますが、元旦のうちに何か書いておきたくなりました。
今日息子と話をしていたのですが、彼は元旦に必ずその年の目標を決めるそうです…知らなかった。
我が息子ながらやるじゃないか!!「負うた子に教えられ浅瀬を渡る」といいますが、息子の方がよっぽどしっかりしていますね(汗)
でも目標は秘密だそうですが。
娘は商売柄ずっと勤務です。今朝4時に帰ってきて7時に出勤していきました。あんなに細い体でがんばるものです。
まあ親子ともどもあんまり楽な道を通る事が出来ない性格のようでそれはそれで良しとしているところがあります。
実は「努力は悪だ、楽をしよう」がうちの家訓なんですけど…。
でも、今年は納得のいく生き方をしたいものです。
早いもので今年ももう数時間になってしまいました。
去年の今頃は失職し不安を抱えての年越しでしたが、今年はある程度満足のいく職にもつき穏やかな気分で迎えることが出来ています。
結構粘った職探し…今ではなにか遠い昔のような気分で、今の会社にもう何年もいるような気分になっています。
正直仕事は多岐にわたりいそがしいです。
私の流通センターでのことは、流通改革だけではなく、人事、作業の効率化、作業環境の改善から、ゴミ拾いまで私の仕事ですから(笑)
私の来年に向かっての抱負は、いままでつづけてきたことが実って少しでも良い職場にしたいと言うことです。
時々このブログでも紹介していきたいと思います。
このブログの読者の皆様、今年もお付き合いいただきありがとうございました。
そして来年もよろしくお願いします。
皆様、よいお年を!!
ここのところ、公私共に多忙でPCの電源すら入れられないことが多かったので更新もしておりませんでした。
今年も早いものであと3日です。まあなんといろいろなことがあった年でしょうか。
私の失業~再就職をはじめ、息子の大学入学、娘の就職、家内の就職…そして義父の死…。まさに公私共に激変の年でした。
仕事の方では来年は有能なアシスタントが入ることが内定しており何かと楽しみな年になりそうです。
まあ、今日はこんなところで。年内もう1回は更新しようと思っております。
ここのところ余り家族で一緒に食事することもなかったので、ちょっと贅沢な食事をしようと出かけてまいりいました。
娘と私たちは休みの日が全く合いませんので、夫婦と大学生の息子と3人で天王寺Hoopに入っているモード和食 ささ川にいってまいりました。
以前家内と食事したこともあるし、友人と食事したこともある店です。和食ベースの創作料理の店で、店内が静かでゆっくり話が出来、まあ値段的にも手ごろかなと言うことで結構お気に入りの店の一つです。(店内がうるさいところは余り好きではないです)
1皿目は「カニと水菜そして湯葉の和えもの レモン釜にて」
カニの甘みと水菜のシャキシャキ感がよかったですね。
2皿目は「さっと炙ったトロサーモンと香味野菜のみぞれポン酢」
ほ~。サーモンのこういう食べ方もありなのですね。結構油の乗ったおいしいサーモンでした。
3皿目は「ブリと大根の玉蒸し椀 薄葛あん掛け」
いわば、茶碗蒸しの中にブリ大根が入っていて出汁のきいたあんがかかっています。
ブリ大根がうまい!!
私だけ昼間からワインなんぞをいただきました。結構おいしいイタリアワインでした。
4皿目は「スパーシー・フライドチキン」
それほどスパイシーではありませんでしたがおいしくいただきました。
5皿目は「豆乳わらび餅」
まさにそのまま。豆乳入りのワラビ餅の上にウニとキャビアがのっており、
あんがかかっていました。妙な食感でしたが、これもありかな。
6皿目は「幽庵地に漬けた金糸魚の春巻き皮包み焼きマスタードソース」
マスタードソースが結構うまい…効いていました。思わず写真取るのを忘れて一口食べた後の図です。(それにちょいピンボケ)
次に十穀米御飯と味噌汁、香の物が出た後
デザートの「紅玉りんごのソルベと彩りフルーツのスープ仕立て」で締めでございました。
昼食にしては贅沢なものでしたが、久しぶりに家族で食べたご飯でした。
娘にはかわいそうだから、高級チョコレートを家内が買って帰りました。
ごちそうさまでした!!
狡兎死して走狗烹らる
飛鳥尽きて良弓蔵る
という言葉があります。元は韓非子に由来するようですが、十八史略などでは漢の建国の三傑に数えられる韓信が高祖から死を賜ったときに発した言葉とも伝えられます。
言葉の意味は「狩るべき兎が野に尽きてしまえば猟犬は煮て食べられてしまう。射るべき鳥が尽きてしまえばどんなによい弓でもしまわれてしまう。」と言うことから転じて、「いくら有能な部下であってもするべき仕事が尽きてしまえば用済みで捨てられてしまう」と言う意味です。
実に含蓄の深い言葉として記憶しています。
例えば言葉の中にそうした主体=狩人が全く欠落していると言うこと。
韓信が走狗とするならば狡兎とは、項羽率いる楚軍です。
韓信はいわゆるそのすべての能力を駆使して「四面楚歌」にまで楚の覇王「項羽」を追い詰め、狡兎を狩りつくしてしまいます。この場合狩人は高祖劉邦であることは言うまでもありません。
韓信は漢王朝では、楚王に叙せられます。しかし強大な戦力と知略を持つ韓信を、高祖劉邦は忠実な部下とは見られなくなります。そして謀反ありとの猜疑心を膨らませやがて煮られてしまうのです。
その点はその他の2傑の蕭何・張良が軍事的な背景を持たないため立場が違っていたのかもしれませんし、劉邦に猜疑心の種をまいたといわれる呂后に対して隙を見せることはしなかったのかもしれません。
楚漢の戦いで張良は作戦立案を、蕭何は後方支援・兵站を、韓信は実戦部隊の将帥を務めます。歴史上これほどバランスが取れた幕僚を得た人はほかに類を見ないと思います。
多分どの一人が欠けても楚漢の戦いで漢が勝利することはなかったでしょう。
その建国の功臣をも粛清してしまうのです…時代の流れと言うものは。
翻って現代の会社を考えてみるとこれは日常茶飯事起こっていることです。リストラや余剰人員削減、非正規雇用、アウトソーシングはまさに「走狗烹らる」なのですから。
(以下次回へ)
今日は午後からとある光学機器メーカーの大阪営業部に私の会社の製品を持ち込み測定機器のデモをしてもらってきました。
私の今の会社では機械部品を多く扱っているのですが、その検品に使えないかと言う趣旨です。
その機械一般的な名称で言えば「3次元デジタイザ」…つまり物の3次元での形状をレーザー光線の反射波を測定しデジタルデータに変換する装置です。今では通常50ミクロンの分解能があります。つまり、物の形状をレーザー光線で計り物から設計図を作ってしまう機械とそのソフトウエアです。
私はちゃんとした形状の設計図データ(CADデータ)をあらかじめ入れておき、製品の出来上がりと比較して、合否判定に使用できないかと考えています。
結果はほぼ満足のいくものでした。
上に書いたような実際のものからそれを測定し設計図を起こすことを一般にリバースエンジニアリングといいます。
またまたウイキペディアの力を借りるならば
「リバースエンジニアリング(Reverse engineering)とは、機械を分解したり、製品の動作を観察したり、ソフトウェアを解析するなどして、製品の構造を分析し、そこから製造方法や動作原理、設計図、ソースコードなどを調査する事である。」
と言うことになります。今回使った機械を使えば、0.05mmの精度で簡単な形状のものならば物の数分で設計図を起こすことが可能です。
つまるところ形だけが勝負のフィギュアのようなものの設計図はものの数分でできてしまうのです。複製は簡単です。そのままCAM=コンピュータ支援製造(Computer Aided Manufacturing)の機械にかけてしまえば、型ができますので、プラスチック製品なんかだとそのまま、まるでタイヤキのように作れば簡単に模造品の大量生産ができてしまうという寸法です。
先日私の上司の部長が中国出張の折(違法行為ですが!!)まがい物のハリーポッターのDVDを買ってきたそうです。しかもハリーポッターのフィギュア付だったそうです…(泣)
今日のデモを見て「そりゃ簡単に出来るよな、こんな機械を使っちゃえば」って思ってしまいました。まあ私のところの製品は形状以外のノウハウがかなりあるので簡単に形状を真似ても同じものは出来ませんが、いわゆる版権物は、その形自体に意味を持っていますので、簡単に複製が可能なのですよ。
デモに感嘆した裏側で少し恐ろしいものを感じてしまったのも事実です。
結局こういう技術も両刃の剣なのでしょう。正常に使われればこれに勝るものはないのですが、悪用し始めると恐ろしい結果を生んでしまう危険性が高いと言うことなのです。
上記のウイキペディアのソフトのリバースエンジは私もやったことはあります。ものづくりではきわめて有用な学習材料なのですよ。ああ、こうして作っているのだと作者の思考の過程さえたどることが出来ます…極めれば。
しかしまがい物を作る過程もそれとすごくよく似ていることは確かだと思います。
それをするかしないかはもう人間の判断にゆだねられています。
科学技術が進むと言うことはこういうリスクも抱えることなのだと痛感させられた1日でもありました。
お友達のお知らせできちっとフィギュア・グランプリシリーズロシア大会を見ました。
お目当ては私のご贔屓の中野友加里選手とキム・ヨナ選手です。
中野選手は、努力の人として有名ですが、年々その努力が報いられ努力よりもその演技が前面に出てきている感じがします。今日の放送での演技でも、実に華麗な演技を堪能させてくれました。
そしてキム・ヨナ選手の17歳にして可憐さの中にも女性として妖艶ささえ伺える演技、それもノーミスでダントツの演技には堪能いたしました。
結果キム・ヨナ選手の優勝、中野友加里選手の2位で幕を閉じたのですが。
中野友加里はたぶんキム・ヨナ選手や浅田真央選手を超えられないでしょう。
キム・ヨナ選手や浅田真央選手はやはり天性の何かと容姿が伴っていますからどうしようもないのです。そこが天才と秀才の差なのでしょうね。
すでにグランプリ・ファイナルの出場を決めているキミー・マイズナー選手。彼女にも天性の物を感じますが、彼女には努力の中野選手は勝てるような気がします。
次のNHK杯そしてトリノでのグランプリ・ファイナルで今シーズンのすべてが決まります。
皆実力派ぞろいの各選手が競い合うことになるのでしょうが。
楽しみですね!!
昨日私の愛車を無料6ヶ月点検に出すのとスタッドレスタイヤに履き替えるために富田林市内に行ってきました。
時間が1時間半ぐらいかかるとのことで、ぶらっとそのあたりを散歩していました。
近鉄長野線の富田林駅前が寺内町といって興正寺別院を中心として形成されている町並みが残っている地区です。古くは高野山に向かう高野街道(現在の国道170号線)の宿場町として栄えた街です。
こんな風な町並がまだ残っています。
少し歩いていくとPL教団の有名な塔が見えてきます。
寺内町のはずれは市役所や消防署や郵便局などの官庁街とそれに隣接した文教地区があります。上の写真の右手が小学校左手が幼稚園、そして正面の建物が私の母校です。
私が通っていたころとは全く趣の違う校舎になってしまっています。
実は祖父も父も兄弟も従兄弟も娘も息子も通った高校なのです。
もっとも祖父や父の時代は旧制中学でしたが。
学校関係者以外は立ち入り禁止とありますが、私は関係者なのでしょうか?
まあ、同窓会の正規メンバーですので、同窓会館に立ち入る権利はあるのではと思いますが(笑)
多分この部分だけが昔のままかなと思います。
私が通っていたころの校舎は、父が通っていたころに建てられたものらしいですが今はもう影も形もありません。
このあたりでクルマ屋さんから「できましたコール」があり引き返しました。
おおこれは富田林西口駅前の「喫茶再会」ではないですか!
私が在校時代、同級生の喫煙で教師と生徒の大立ち回りがあったので有名な喫茶店ですがまだあったのですね。当時「吸うのはかまわんが、私の前ではやめてくれよ。職務上見逃せんじゃないか」なんぞという物のわかった生徒指導教諭も居ましたっけ。
そして富田林西口駅。なんとここから単線です。
愛車のおかげで思わず懐かしい街や母校を訪問できました。
前の記事で大阪の夜の街をしらふで歩き回った話をしましたが、ただ歩き回ったわけではなく、写真を撮って回って記事にするつもりでしたが…。携帯のカメラがマクロ撮影になっていました(泣)
一応こんなのって言うのを一枚だけ
ボケボケでした。
私が書きたかったのは季節のうつろいでした。街は確実にクリスマスモードに移りつつあると言うことです。まあ、店でご商売の皆様はそれがどんなものであるかはよくご存知で、普段売れないようなものがとんでもなく売れたりする時期ですので、電気代がかかろうともそうなさるのでしょう。私もそういう店でばかり買い物するわけではないにしろ、わずかなお金をそこに落としたりします。
都市の季節感はそんなところに現れるのだなとそんなことを書こうと思ったのですが、写真がぼけましてうまく伝わるかどうか心配です(泣)
今週は金曜日が祝日で1日営業日が少ない日です。只でさえ少ない日程をやりくりしている今日この頃なのに、今週の20日~22日は管理職研修とやらで大阪で缶詰です。
まあ、実務的なことをしていない私はいいのですが、その時間が実りのある時間なんだたら何の問題もありません。
私は自慢ではないですが研修慣れはしています。トヨタの研修、日本能率協会の研修など多くの研修といわれるものを受けています。それは会社主催であったり労働組合主催であったりしましたが。研修を自分でしたことも多々あります。
今回の研修はハズレです。研修の講師が言うように名だたる会社を本当に立て直してきたとは到底思えないようなレベルの低い研修です。
講師が真剣勝負なのはこちらも同じです。貴重な時間を使って行っているのだから。私は実質を重んじます。形ではなく。
人にはいろいろなスタイルがありそれを吸収し形をつけていくのが管理職だと思っています。それを一つの形にはめ込もうとする研修なんかナンセンスです。
まさに揚げ足取りの数々をし、自らの形にはめ込もうとし、それができないとわかったら研修を退席させようとする恫喝に出ると言う最悪の研修パターンです。
私は、形にはまらない代表格のように言われ攻撃対象です。
たかが研修ですのでめげたりはしませんが(笑)
あんなのがなんで講師面してそこに立っているのか私には理解不可能です。
私は決して恫喝には屈しません。研修センターの講師風情が会社のことを日々思って仕事をしている人をやめさせられるものならばやめさせてみろと言うのです。
大人気ないことはしませんよ。
講師が言うのは「お前はふんぞり返っている」「お前は人の言うことに言葉を重ねて否定する」です。それも大したことではありません。ふんぞり返っていいたようにに見えたのは本当に研修テキストの文字が小さく見づらく体をそらしてみていただけですし、言葉を重ねると言われたのは単にメカニカルなペンはメカニカルが壊れると使いづらいから、メカニカルなものではないものを好んで使っていますと言っただけです。
その結果が「お前は基本ができていない」です。
これはまともな研修とは言いがたい。覚えろと言った言葉を一言一句間違えて言わなければOKとしないなど、まさに「教育勅語」の世界です。その精神をちゃんと受け継いでいればいいと思うし、自分の言葉に置き換えて言えることこそ理解の第一歩と考える私の立場と正反対の考え方です。
こんな研修受けるだけ無駄と言うものです。あと1日苦痛以外の何者でもありません。
経営者はこんなカスの研修講師をいいと思うのでしょうね。
私に言わせれば、こんなのは下の下です。
もっといい講師を私は現実に知っています。気持ちよく受講者を帰らせしかも改善がスムーズに運ぶ現実を知っています。
なんか、某航空会社(○ALっぽいですが)も研修しているそうですが、やめたほうがいい。あんなのに研修をされたら会社は滅びの道を進むだけです。つまり研修で自由に発言する機会を与えないような研修をするということはYES MANをつくるだけですよ!!!!!!
これは、実は恐怖政治に近い状態です。私はできればこの研修を即刻やめさせるように会社に進言するつもりです。
私を取るかこの研修講師を取るかは会社次第ですが、実際にこの会社で働いているのは私で、改善をしているのは私です。この研修者を取るならばこの会社は終わりだと思います。この研修講師は私が入社5が月だと知って、私の仕事を3ヶ月でやり遂げるといいきりましたが…無理です。その講師が全身全霊を傾けても1年以上かかるおお仕事です。
この研修講師の自慢話を聞かされるだけでも苦痛です。あなたの実績はこの研修では不要です。その実績を私は聞きに来るわけではない。1/3はあなたの自慢話です。自慢話が受講者に腐臭を漂わせているのをあなたはご存知ないのか!!!!!!!!
そして残りの1/3はすでに解っていることです。そして残りの1/3は秘密の話です。
聞きたいのは最後の1/3でしょうが。残りの1/3を聞ければ受講する意味があります。そのノウハウが知りたいためにこの研修会に参加しているのでしょうが。
どうも、それが明かされない可能性も強いと感じます。つまり…ないと言うことなのだと思います。もしそれがないのならば研修を受ける意味なしだと思います。
例えば、私がどうも好きにならない部長を賛美し、私が心酔する部長を詰めが甘いと言う認識の違いは決定的ででした。
よく知らないならば、よく知らないと言えということです。それを知ったかぶりで言い切るのは研修講師の風上にも置けない講師だと考えます。
ちょっと言い過ぎた面もあるとおもいますが、これが研修の真実です。
経営者さん、講師は選ばないと。押しだけでは講師は務まりませんよ!!!
毎週土曜日の18:30~NHK教育TVでやっている「電脳コイル」ですが、まだ途中ですが優れた作品で、間違えなくアニメのエポックになるでしょう。
私の考えるこのアニメのテーマは「認知とは」と言うことだと思います。
Wikipediaで「認知」を調べると
「心理学・言語学・脳科学・認知科学・情報科学などにおける認知とは、人間などが外界にある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断したり解釈したりする過程のことをいう。
認知は「統覚」と「連合」の二段階にわかれた処理である。統覚は、風景などの知覚から形を取り出す働きであり、その形が何であるのかを判断する働きが連合である。認知の障害が失認であり、見えたり聞こえたりすることはできてもそれが何であるか理解できない(連合の障害と統覚の障害とでは症状には差異がある)。見たものが認知できない視覚失認のほか、相貌失認・手指失認など様々な症状があり得る。 」
とあります。
電脳コイルではメガネといわれるものを使って電脳空間への出入りをします。実際に触れることのできないペットを飼ったりしますし、電脳空間の吹き溜まりみたいなところで人間の認知の及ばない現象などが起こったりしている話です。
それが日常となった世界では、「認知」の概念を少し拡張してやる必要があるのかなと思います。つまり触れることのできない人との交わりと言うことです。
いま、私はブログをやっています。このブログの読者で触れることのできる人は極限られています。触れることのできる関係にある人の友達であっても、このブログ上では触れたり見たりすることさえできません。
でも、私はそんな人たちのパーソナリティーやアイデンティティーを確認でき付合ってコミュニュケーションを取っています。
それは、やはり認知していると言うことで、「認知」の定義を大きく変える必要があるように思います。
生身の人間とメールやチャットしていても生身の人間として捕らえている自分がある以上、そのベースの上に立って人に対する認知を考えるべきかと思います。
電脳社会がいままさに広がっていて、「電脳コイル」のような世界は間違えなく社会インフラとして整備されていくでしょうしそれはそんなに遠い未来ではないでしょう。
精神科学がそれに追いつかないのが現状かと思います。
精神科学者の皆さんがんばってください!!!!!
新しく買ったPSPのカメラで通勤風景を撮ってみました。10秒に1枚取れるという設定ができますのでそれで通勤1時間を12秒にまとめました。いかに田舎から田舎へと言うのがわかっていただけるかと。
まあなんてことはないですがご覧ください。
私の飲酒は主に焼酎です。(たまに似たようなお酒である泡盛も飲みますが)
今も焼酎を飲みながらこれを書いています。
夏は麦、冬は芋これが私の定番です。
暖かい時期には麦焼酎のウーロン茶割りが私の定番です。ウーロン茶割りは妙な焼酎の臭みを消してくれますのでさわやかに酔えます。(特に麦焼酎は焼酎の中でも一番癖のないものですので)
寒い時期には芋焼酎のお湯割です。芋焼酎はとっつきにくいですがはまるとこれ以上のものはないぐらいおいしいものです。
麦のお湯割りも悪くはないですが、芋のお湯割にしたときの香り、味には本当に頭が下がる思いです。
この味はどんな料理にも合う…と言うのが私の持論です。
しかし、芋は本当に国産のサツマイモを使って作っているケースが多いですので、麦(殆ど輸入物)に比べて少し値段が高くて困りますが(泣)
いまはもう芋の季節です。私は黒霧島(宮崎)を好んで飲んでいます。
皆様も一度お試しあれ!!!
若いころは、ルールを破ることがかっこいいと考えるときもありました。
私だけの性癖かと思う時期もありましたが、これに関してはどうも通過儀礼的に皆が通るもののようです。
10代のころにはどうにも世の中のきまり=締め付ける枠のような気がしていたのは今でも覚えています。自分の思うとおりにならないものは全部「枠」というカテゴリーに入れてしまいそれに対して個人的にも集団でも攻撃を繰り返していた時期が私にも確かにあります。
やがて恋をし結婚し子供ができ社会的な地位も上がり…いつの間にかそのようなものは消え去ってしまっていました。
いま、改めてルールとは何かと考えることが良くあります。ルールの一番きついものが例えば条約、法律、条令と呼ばれるものでしょう。犯せば公に罰則が科せられるというものです。
社会的な通念といわれるものは上記よりも広く細かいものに対してあります。それは地方によっても民族によっても違うし、個人によってすら違う結構曖昧
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