走狗考②
狡兎死して走狗烹らるの「走狗烹らる」の部分に違和感を覚える方も多いと思います。
日本や西欧では犬はお友達って言う感覚が強いですよね。
でもお隣の韓国や中国では未だに犬は食料と言う感覚があります。
例えば恋する神父の主人公と一緒に罰を受け田舎の教会に修行に出される神父見習いも神父様と「犬を食べに行く」シーンがあるぐらいです。
韓国政府は1988年のオリンピック開催に向けて西欧に受け入れられにくい「犬を食べる習慣をやめよう」とキャンペーンを打ったぐらいです。
多分未だに中国や韓国では犬を食用にする習慣が残っているようです。
言わば犬=走狗はその程度の存在で、決して狩人と同列に並ぶ存在ではないと言うことです。
なぜか隣国の日本ではその考え方を否定し、犬は永遠の友達と言う考え方が支配的です。西欧化が進んだためか、仏教の影響なのかはわかりませんが、現代日本人には受け入れがたい感覚です。
まあしかし「走狗」と極めて比喩的な言葉だと言えると思います。食文化は別にしても日本でも「犬畜生」「警察の犬」といったさげすんだ言い方が多く散見出来ます。
食に供さないまでも、一段低い存在と見ていることは間違いないように思います。
「犬並みに扱う」という言葉もあります。経営者は末端労働者をそう考えていませんか。
経営陣は自分たちは士大夫階級で、それ以下の庶民は誰にでも出来ることをのらりくらりと進歩もなくこなしており、それはいくらでも代替のきく存在だと考えていませんか?
大きな間違いです。土嚢一つ積むにも、鍬を一つ振るう仕事でも実際にはノウハウの塊なのだと。そこには一子相伝的な教え方があったりしたのですが、今では彼らはその経営者の考え方に慣らされすぎて、自分を卑下しすぎていませんか?
私は自分にそのような蓄積された技術がないだけに妬みさえ感じます。
そのような人々をないがしろにする職場はいずれ崩壊するでしょう。
(以下次回)
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