« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月

ちょっとしんどいですね

ここのところ、精神的にも肉体的にもちょっとしんどい時期が続いています。

もう、公表しているのでいいますが、今は透明人間です(つまり無職透明です。)

職探しに奔走していて、職は見つかるし今からでも来てほしいというところもありますが、条件的に折り合いが付かないので、ペンディング中だったり、前職の内部統制などの職種は中々表面に現れて来ません。

今度こそは最後までまっとうできる会社と職場をと考えるのですが、中々思うようにはいきませんね。

ブログを見ていられる方、こんな性格の人間ですが、雇ってくれるところがあればぜひ紹介してください(笑)

ちょっと弱気なTheta2でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

やっと紅白梅

元々は仮植えしていた紅梅と白梅がいつの間にか捻りあって紅白梅になったものですが、やっと咲きそろったようです。

Dscn0600

| | コメント (0) | トラックバック (0)

頭の中のジュークボックス(浜辺の恋)

「海辺の恋」

こぼれ松葉をかきあつめ
をとめのごとき君なりき、
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごときわれなりき。

わらべとをとめよりそひぬ
ただたまゆらの火をかこみ、
うれしくふたり手をとりぬ
かひなきことをただ夢み、

入り日のなかに立つけぶり
ありやなしやとただほのか、
海べのこひのはかなさは
こぼれ松葉の火なりけむ。

佐藤春夫の詩です。

実はよく出入りさせていただいている方のブログに庭掃除の記事が出ていたのでふと思い出しました。それからずっとその曲が頭の中で流れています。

かつて、永島慎二原作の「若者たち」がNHKのドラマ化されたときのテーマ曲に使われていたのがこの佐藤春夫の「海辺の恋」に小椋佳が曲をつけたものが使われていました。

永島慎二の「若者たち」は売れない漫画家や詩人や絵描きが東京の阿佐ヶ谷あたりで悶々と生活するという話ですが、ドラマ化されたときは今をときめく市川森一脚本で、森本レオ、下条アトム、岸辺シローなんかが出ていたのを思い出します。

犬童一心監督はずっと映画化を夢見ていて昨年が映画化したそうですが私は未だ見ていません。

永島慎二さんは私にいろんな影響を与えた漫画家ですが、彼の描く繊細なのだけれども破壊的な生き方は人の心を捉えて離さないようなところがあります。

それを佐藤春夫の「浜辺の恋」は象徴しているような気がして、ずっとこの歌は好きな歌です。

もう、どうしても生で聴ける歌ではありませんが、犬童一心監督の「黄色い涙」は見てみたいなと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アメリカン・ニューシネマの時代と今

映画発祥の地はフランス人はフランスだとアメリカ人はアメリカだと思っているのだと思います。フランスの「リュミエール兄弟」もアメリカの「エディソン」も共に映画の父と呼ばれていますから。

その原理はどちらにしろ19世紀末に確立され、無声→トーキー→カラー→ワイドスクリーン→ビデオと発達して現在に至っているのですが…。

内容的にも娯楽的なものから芸術的なものまで幅広いのですが、1950年代末ごろに先ずフランスで実存主義の影響下いわゆるヌーベルバーグ運動が起こります。(ゴダールやトリュフォーが有名です)
少し遅れてアメリカでも1960年代半ばごろからアメリカン・ニューシネマと呼ばれるものが登場してきます。

それまでの映画が描いてきた善人はあくまで善人、悪人はあくまで悪人と言った描き方を廃して、善人と呼ばれる人たちも、悪人と呼ばれる人たちも人間として描くという描き方をするという運動だと自分なりに解釈しています。
また、無名に近い映画人が低予算で作りたいものを作るという特徴を持っています。

その先駆けとなったのが「俺たちに明日はない (1967年 アーサー・ペン監督)」です。
まさに実在の銀行強盗のボニーとクライドの実像を描こうとした作品です。
それまでは犯罪者が生き生きとした人間として描かれたことが無かっただけに、観客は衝撃を受けたのです。
アカデミー助演女優賞、撮影賞受賞です。
当時名優の名をほしいままにしていたシャーリー・マクレーンの出来の悪い弟と呼ばれていたウォーレン・ベイティが1961年の草原の輝きに続いてヒットさせてもうシャーリー・マクレーンの弟とは呼ばせないと言わしめた記念碑的作品でもあります。(草原の輝きは好きな映画のTOP10に入る映画で大好きなナタリー・ウッドの主演でもありますのでまた別の機会に)

卒業(1967年 マイク・ニコルズ監督)」は花嫁強奪をやってのけるダスティン・ホフマンが実に印象的に登場します。
マイク・ニコルズがアカデミー監督賞受賞で、サイモンとガーファンクルを一躍有名にした映画でもあります。(当時一番のご贔屓の女優さんのキャサリン・ロスが奪われる花嫁です)

明日に向かって撃て!(1969年 ジョージ・ロイ・ヒル監督)」これは今までの西部劇の作り方を変えてしまうほど強烈な印象を観客に与えました。実在のブッチ・キャシディーとサンダンス・キッドとその恋人エッタ・プレイスを描いた作品です。アカデミーは主題歌賞のみです。
このときサンダンス・キッドを演じたロバート・レッドフォードがその名前を冠した「サンダンス映画祭」を主催し、若い映画人の育成に力を尽くし、自らも映画制作に今も携わっているのは有名な話です。(またまた、当時一番のご贔屓の女優さんのキャサリン・ロスがエッタです)

イージー・ライダー(1969年 デニス・ホッパー監督)」
かの名優ヘンリー・フォンダの息子、ジェーン・フォンダの弟(実は私の好きなブリジット・フォンダのお父さんなんですが)主演で出来の悪い馬鹿息子の汚名を返上したので有名です。なんとあのデニス・ホッパーが監督しおまけにあのジャック・ニコルソンまで出ています。
まあ、反社会的を絵に描いたような中身で、アメリカン・ニューシネマというと私はこの映画が先ず頭に浮かびます。
特にコカインの密売で大もうけした主人公達が腕時計をすて、金があれば自分達はもう時間に縛られないと象徴させるシーンを今でもよく思い出します。アカデミーはノミネートだけで無冠です。

そして1969年にもう1本「真夜中のカウボーイ(1969年 ジョン・シュレジンジャー監督)真夜中のカウボーイとは肉体美だけで都会では生活できると信じたジョン・ボイド演じるカウボーイとイタリア系移民の詐欺師(ペテン師)のラッツオ(鼠)ことダスティン・ホフマンのお話です。(夢のフロリダまでは遠いのです…)見事アカデミー作品・監督・脚本賞受賞の傑作です。

フレンチ・コネクション(1971年 ウイリアム・フリードキン監督)」
暴力警官ポパイがフランスがらみの麻薬密売組織を追い詰める物語です。
あのジーン・ハックマン、「俺たちに明日はない」で主人公の兄役で出ていましたがこの作品でいきなり主演男優賞を受賞。まさに何でもできる俳優として大活躍していくのきっかけを作った作品です。クリント・イーストウッド監督の「許されざるもの」でも助演男優賞を受賞しています。
この作品自体はアカデミー作品・監督・主演男優・脚色・撮影の5部門受賞の傑作です。

カッコーの巣の上で(1975年 ミロッシュ・フォアマン監督)」ではジャック・ニコルソンが粗暴がゆえに精神病院送りにされる主人公を好演しています。アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の主要5部門獲得の快挙をなしています。
監督のミロッシュ・フォアマンはチェコの出身ですが、いわゆる「プラハの春」のソ連のチェコ侵攻でアメリカに渡りアメリカ市民権を獲得した映画監督です。後に「アマデウス」でもアカデミー監督賞を受賞します。

そして、同じ年に少し精神を病んだ元海兵隊員を描いた「タクシードライバー(1975年 マーティン・スコセッシ監督)」で ロバート・デニーロ登場となります。またこの映画では13歳の娼婦役でジョディ・フォスターが出ているのも話題となりました。
パルム・ドールは取ったのですがアカデミーでは無冠です。

この映画「タクシードライバー」が最後のアメリカン・ニューシネマと言われています。

主な作品は以下です。(制作年 題名 監督)

1967年 俺たちに明日はない アーサー・ペン
1967年 卒業     マイク・ニコルズ
1968年 ワイルドバンチ    サム・ペキンパー
1969年 イージー・ラーダー   デニス・ホッパー
1969年 明日に向かって撃て!   ジョウジ・ロイ・ヒル
1969年 真夜中のカウボーイ   ジョン・シュレジンジャー
1970年 いちご白書    スチュワート・ハグマン
1970年 ファイブ・イージー・ピーセス  ボブ・ラフェルソン
1971年 フレンチ・コネクション   ウイリアム・フリードキン
1973年 破壊!     ピーター・ハイアムズ
1973年 ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー ジョン・ハウ
1975年 カッコーの巣の上で   ミロシュ・フォアマン
1976年 タクシードライバー   マーティン・スコセッシ

何れもいわゆるヒーローの登場しない映画で強盗だったり詐欺師だったりヒッピーだったり暴力警官だったりします。

こう見ていくと結局自分の撮りたいものは何なのか?自分の演じたいものは何なのか?と問いかける運動であったのかもしれません。
それはまさに映画に限らず創造的な仕事の原点といえるのだと思います。
それを忘れたところに真実は見えてこないし、人々は評価してくれないのでしょう。だからテーマの向いている方向は偏見や権力の横暴や反共や公民権運動や人種差別だったりします。

また、監督や俳優が実はマイノリティーだったりすることが多いですが、これはやはり、以前「硫黄島からの手紙」でも書いたように、真に困難な境遇に遭遇した人は真実は一つではなく、ある真実の反対側に同じ量と質をもった別の信実が存在していることに気が付くきっかけを生来持っているということなのかもしれません。

時代背景がそのようなものを描かせたということもあるでしょう。
1963年にケネディー大統領が暗殺され、公民権運動が盛んに行われ、1961年にベトナム戦争が勃発し1973年に終結するまで泥沼のような状態だったことは良くご存知だと思います。1969年にアポロ11号の月着陸が明るい話題とされましたが、軍事技術の発展と表裏一体なのです。
いうなれば強いアメリカに影が差した時代と言えるのではないでしょうか。

これを書くのを思い立ったのは最近久しぶりに「明日に向かって撃て!」を見たからなんですが、ベトナムをイラクに置き換えたら今の時代に少し似ているようにも思います。
2001年の9.11事件、泥沼化するイラク戦争とそれをやめようとしない大統領。

しかし、成果の上がらない戦争に対しての苛立ちや、戦争そのものに対する嫌悪感は同じでも、冷戦時代の終結を受け、向いている方向が独裁政権やテロリズムになっています。

(決して怒りをイスラムに向けてはなりません。イスラム=テロリズムが何故か非イスラムの人たちに刷り込まれてしまっている今日の状況です。それは北朝鮮=朝鮮人=悪の枢軸と似ていますが決して間違えてはいけないことです!!)

しかし、クリント・イーストウッドがやったようにイスラム(ミスリム)の視点から今を描くということを近いうちに誰かがやるかもしれません。
そしてその意味ではアメリカはそれくらいの度量のある国であってほしいものです。

来年2008年は大統領選の年で、ここがかなり色々なことのターニング・ポイントとなると思います。

さて、映画の話に戻りますが、昨年クリント・イーストウッド監督が硫黄島2部作を撮ったのはやはりイラク戦争と無関係ではないと考えます。
彼は、共和党員ですが、どちらかといえばリベラルな考え方の人で、また実際に朝鮮戦争で従軍経験もあり戦争自体の悲惨さは身をもって体験している人です。
自分の描きたいもの=描かなくてはいけないものを描くという点でもそうですし、映画制作費的にも低予算で見事な映画が作れることを再度証明したような映画だという意味でもニューシネマ時代の映画と似ているとは思います。それを、娯楽映画の象徴のような「ダーティー・ハリー」のクリント・イーストウッド+「SFXの映画小僧」のスティーブン・スピルバーグがやったわけです。
反対に最後のニューシネマと言われる作品を撮ったマーティン・スコセッシが「大予算化」「アイデアの枯渇→リメイク」の象徴のような「ディパーデット」(インファナルアフェアのリメイク権を史上最高額でブラッド・ピットが獲得したことは有名ですが)ニューシネマ常連のジャック・ニコルソン(「イージーライダー」や「カッコーの巣の上で」に出演)などを使って撮る。実に奇妙な現象が起こっています。
「硫黄島からの手紙」はすでにナショナル・ボード・オブ・レビュー賞作品賞、第32回ロサンゼルス映画批評家協会賞最優秀作品賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞しています。
第79回アカデミー賞は「硫黄島からの手紙」「ディパーデット」は作品賞にも監督賞にもノミネートされています。さあ、どれが選ばれるのでしょうか?興味深いところです。

まあクリント・イーストウッドの3回目の監督賞受賞はわかりませんが、作品賞は「硫黄島からの手紙」がとり「ディパーデット」はご苦労様でマーティン・スコセッシが妥当な線のような気がしますが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅に鶯

再三申し上げているように、拙宅は田舎にあり、敷地に広い庭もあります。
楓、桜、梅、椿、紫陽花などが植わっています。四季折々に花や紅葉を楽しませてくれます。
今朝庭の方であんまり鶯が笹鳴きするので見に行ったらなんと梅に鶯が…。
まるで花札のようですね。

Photo_50

余りうまく映っていませんが真ん中にいるのが鶯です。

さすがに楓に鹿は寄り添ったりしませんが(奈良公園ちゃうっちゅうねん!)
時折庭を狸は横断していきます。私は別にセロも弾かないし、狸も譜面とばちを輪ゴムでとめて背負ってはいませんが…。
狸の生活道路=獣道なのでしょうか?

まあ、今拙宅の梅も見ごろです。

Dscn0592

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春のワルツ 第18話について

先ほどかいた記事でCATV導入最初の録画が「春のワルツ」18話だったのですが…。
録画は出来ました。(その前に随分練習しましたから)
今日見てみると、ステレオで日韓両国語で録画されていまして、日本語で見ようと思ったらステレオを左に極端にバランスしないといけなくなってしまいました。
まあ、ちゃんと取れていたからいいとしますが、CPRM対応のDVDしか受け付けなくなってしまいました。DVD-RWのディスクがあったのでそれにダビングしましたが。

コンテンツを作る方々の著作権収入のことは理解できますが、何も次から次へとプロテクトを掛ける必要があるんですかね。多くの人たちは自分で楽しむためにしか録画していないのに、それをこんな形で制限してしまいPCに取り込んで編集すら出来ない形にしてしまう。

まあ、それはさておき…

ウニョンが、フィリップからことのすべてを聞いてしまいました。
ウニョンはすべてを諒解したようですが、あと2回ですべてのわだかまりを氷解出来るのでしょうか?

次はちゃんと取るからね「ウニョン」

今日は韓流フリークのtheta2でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

CATV導入

実は鳥のサンクチュアリの拙宅は、TV難視聴地域でして、周りに自然が多いということはそれだけ電波が乱反射するということで、また丘の中腹の少し窪地という難条件が重なって、教育TVなんかはゴーストの嵐でした。
そこで思い切って長年お世話になったNTTと手を切り地元電力会社系のCATV導入に踏み切ったというわけです。

電話・TV・インターネット込みで従来より月¥1000以上お安くなりますので…。

しかし思わぬ落とし穴が。今までパラボラで聴取していたBSがセットトップボックス経由でしか見られなくなり、HDレコーダーの番組表からの機能が使えなくなってしまいました。マニュアル首っ引きで色々設定しなおしましたがだめでした(泣)
しょうがないからセットトップボックスとHDレコーダーの両方で予約しなければいけなくなってしまいました。

出来たら、ハイビジョン対応のレコーダーとTVを買いたいんですが先立つものが…。

まあ、チャンネルが増えた分いいとしましょう。

どなたか、CATVでの録画に詳しい方教えてください!一番いいやり方を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

南風

やっぱり昨日の暖かい南風は春一番だったのだ。今日は一転して北風に変わっているようですが。
先日咲きはじめをお伝えした庭の紅梅も一気に満開に近く咲いてしまいました。

Dscn0585

先日は未だつぼみも固かった白梅の方も咲き始めました。

Dscn0591

とりあえずは先日の息子の受験は合格でした。

春は着実に近づいてきているようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

高石ともやさんのこと

ウディ・ガスリーやジャック・エリオットに出会ったのも、カーター・ファミリーに出会ったのもみんな高石さんのお陰なんですが登場させるのを忘れていました。

何故か北海道のご出身なのですが、大阪や福井や京都を拠点に活動なさっていらしてとても身近に感じる存在です。

残念ながら生でお顔を拝見させていただいたのはただの一度きりで、花と緑の博覧会の何かのイベントでおこしになっていたのをチラッと拝見しただけですが、お声やお話はラジオやレコードを通じて何度もお聞きしています。

まあ、一方的な片思いに近い関係なのですが。

毎年祇園祭の宵々山コンサートを主催していらっしゃいますが一度も見たことはありません。

U2

いまだにコンサートの最後には私の大好きな「ヘイ ヘイ ヘイ」は歌われるのでしょうか。

夜明けに 夜明けに乗ろう
一番 一番列車でさ
出かけるのさ 歌いながら
歌うよ ヘイ ヘイ ヘイ ヘイ

(中略)

人は さみしい時もある
人は 悲しいときもある
つらくても 歌ったよ
うたったよ ヘイ ヘイ ヘイ

ヘイ ヘイ ヘイ
ホー ホー ホー ホー 
ホー ホー ホー ホー 
歌うよ ヘイ ヘイ ヘイ

ハンティントン氏舞踏病に倒れたウディ・ガスリーの魂そのものの歌声を日本語で蘇らせたのは、高石ともやさんの仕事です。

本当にこの方もメジャーで活躍されない方で、殆ど面に出ない。
だから気になっても消息もわからない。

突然死亡記事になって現れないでくださいね。
(1ファンからのお願いです。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛しのジウォンちゃん

今まで公開していなかったですが、本邦初公開私の「愛しのジウォンちゃん」です。

Dscn0582

旧型のSONYのVAIOなんですが、補助バッテリーを積んで以来いつも私のことを応援してくれています。すべてをスリム化小型化共用化していつでも使えていつでもインターネットに接続できる環境を提供してくれています。

もう、手放せない私のいま一番の友達です。携帯がFOMAのP902iですのでBluetoothで無線パケット通信だって出来ます。またWiFi対応のPCカードも使っていますので街中のアクセスポイントでもインターネット接続できます。

まだ、シリコンディスク対応には少し抵抗があってしていませんがHDは60GBまで増設しました。MPEGのデコードはちょっときついけれどもMP3ぐらいなら楽々こなすパフォーマンスがあります。

お仲間のVAIO C1シリーズはいま殆ど2万円以下で売っています。皆さん買い時かもしれません。

三枚おろしの仕方はいろんなサイトで紹介されていますので、ご参照ください。

わたしのJiwonちゃんはすでに誰かに犯された身になっていましたが、わたしは一生手放すつもりはありません。もしかしたらシリコンディスクの挿入のためにもう一度三枚おろしするかもしれませんが、私が責任を取ります。

ちょっと、オタクっぽいレポートでした。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

これは何だ?

先日ちょっと用事があったので、郊外のとあるスーパーに立ち寄りました。そのとき見た風景。

P1000127
これは何でしょうか?ガソリンが盗まれた?単なるアクセサリ?(もしかして私が知らないだけで全世界的にはやっていたりして)それともスーパーの嫌がらせ?
このスーパーその市の警察署の二軒隣にあるのですが、近頃珍しく駐車料金がただな上に警備員まで立ってい居るんですよ。だからみんな周辺の市役所や警察や市民センターに行くときの駐車場の変わりに使っています。かく言う私も無断で駐車するんですが、悪いと思って帰りに必ず100円ショップで何か1点買って帰ることにしています。

たぶんそんなだから、無断駐車が絶えないのでしょう。
だから店員が嫌がらせにこんなものをつけたとも考えられます。

でも、久しぶりになんだか解らないものを見て少し興奮しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

春告鳥くんのおかげ

今日は息子の私立大学の受験日。まだ帰ってきていません。
予備校では合格太鼓判の滑り止め校なのですが(といっては某有名私立なので申し訳ないですが)心配は心配です。昨年はそこを通りながらそこを蹴って超難関校一本やりで失敗しているだけに、今年は少々お高くても「行き先確保」だけはしてやらねばと思っています。
いろんな天神様や聖徳太子様のお守りを持って臨んだだことでしょうが…。

Dscn0579

今日、梅の花が開花しました。年始に鶯(春告鳥)くんの笹鳴きで教えてくれたの通りで、もう梅が咲き始めました。この梅は我が家の自慢の梅で、紅梅と白梅が捻りあうように共生しています。
紅梅が満開となった後その中に白梅が混じって咲くというとても綺麗なの物です。
今日その紅梅が春を告げ、ちらほら開花を始めました。
「春は近いですよ」と鶯君が教えてくれたとおりになりました。

梅といえば天神様の飛び梅。私福岡に住んでいる時代にも何度も拝ませていただきました。

「東風吹かば、匂いおこせよ梅の花、主無しとて春な忘れそ」

受験の日にこの開花はかなり縁起がいいかも…とか思っている親ばかでした。

来月の半ばまでにこの慌しい受験戦争も終息宣言が出せればいいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

私の好きな映画たち(墨攻)

Top

久しぶりに重厚で中身の詰まった中国物の映画を見た思いです。
「墨攻」(2006年 ジェイコブ・チャン監督 中国・日本・香港・韓国合作)
中国を描いた日本の小説が漫画化されそれに感銘を受けた香港人の映画監督が、香港・中国・韓国・台湾の俳優やそれに日本を加えた国のスタッフを使って描くというまさに東アジアの映画関係者の総力で作り上げられた作品です。きっとそのどの国でも受け入れられる内容を持ち人々を感動させうる作品に仕上がったといえるのではないでしょうか。
私は、酒見賢一の同名の原作を数年前に偶然に手にして読んだときの感動が蘇ってきました。それは、漫画化されたときにも味わったもので、都合概ね3度同じ内容で感動を味わったことになります。
根本は酒見賢一の「墨攻」ですが、それぞれ当然別の味付けの「墨攻」となっていることはいうまでもありません。
はじめの「墨攻」は字の世界ですので、姿や動きを想像するしかない。2番目の漫画化で初めてその形が現れ、最後に映画化されて生身の革離が姿をあらわしたということです。

時代背景はこのブログの「中国映画を見るための私的中国講座」をご参照いただければおわかりいただけるかと思いますが、時代は紀元前の中国の戦国時代(東周末)今では諸子百家のひとつとして文字や言い伝えの中でしか残っていない墨子のおこした墨家集団の一人である革離なる人物が大国「趙」に攻められる小国「梁」を守るために奮闘する物語です。
墨家は兼愛・非攻を旨とすることをその信念としてもち、請われればどの国にも出かけて身をすり減らしてその国を守るのです。そのことから堅く守ることを「墨守」という言葉が生まれたことは有名な話ですが。

中身については触れません。

特に劉徳華(アンディー・ラウ)さん演ずる主人公「革離」は秀逸でした。「インファナル・アフェア」の華麗なアンディー・ラウからストイックで美のかけらも無い「墨攻」アンディー・ラウ…優秀な役者さんというのはすごいものだと思わずにはいられません。
それに対峙する趙の将軍「巷淹中」は韓国の名優 安聖基(アン・ソンギ)さんです。まさに立っているだけで存在感のある二人が知力を尽くして梁城攻防をする。(アン・ソンギさんは寝ているだけの役で日本映画にも出ておられましたが)

原作には無い逸悦という女性の戦士が登場するのにはちょっとびっくりしましたが、娯楽映画的なスパイスとしては、単にストイックなだけの革離よりはむしろ新鮮だったと思います。演じている中国から参加のファン・ビンビンさんなかなかキリッとしつつも色気のあるいい女優さんですね(笑)
また、台湾から参加の子団役のウー・チーロンさんはなかなかの存在感を示していたと思います。(才能を見抜いてくれた革離を最後まで擁護する役です)
韓国から参加の梁適役のチェ・シウォン君原作ではもうちょっといやみな役なんですが、いいところを持っていってしまいましたね。(春のワルツではアホな弟役なのに、王子様かよって感じですが)

若干不満な点を申し上げると、戦国時代は丁度「青銅器時代」から「鉄器時代」への変遷期ですので、いくら大国の趙といえども1兵卒まで鉄器を持っていたとは考えにくいと思います。鉄の槍や鉄の剣(両刃のものです)そして鉄の戈でしたが、多分実際の戦闘で使われたのは青銅のものだったろうとは思います。そしてこの時代の武器はやはり戈が中心で、「剣」(両刃)よりは「刀」(片刃)の方が多かったと聞きます。用いられているのは「剣」ばかりでした。まあそれは殆どの人が気づかないことだから良いとしましょう。

まさに東アジアの力を合わせた佳作の誕生といってよいと思います。

中東やアフリカで戦争の耐えない昨今ですが、そういう時期にこそこういう映画を皆が見て戦争の愚かしさに気が付いてくれればと思うのですが。

ご興味を持たれた方、ぜひ映画館に足を運んでください。惜しくも上映中に見逃された方は、DVDをレンタルしてでも見てください。本当の佳作ですので。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »