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バトンタッチ!

「子を持って知る親心」とはよく言ったものです。私の親はまだ存命中ですが
私や、私の兄弟のこと、さらには孫のことも心配でしょうがないといっています。
かつて世襲によって自分の職業が決められた時代「子供は何になるか」を心配する必要も無かったのでしょうが、今は憲法で職業選択の自由が保障されている時代ですから、親の職業を子が継ぐ義務はありません。

今世界の主流の民主協和政体はそれを是とし、いわば何でもありの時代になっています。でも親は「自分の子供は何になるの」って悩みが増えてしまっている。私なんか上の子が就職で、下の子が大学受験のまっただ中。今心配してもどうしようもないのは事実ですが、やっぱりどうなるか心配でしようが無い。馬鹿みたいな親の性ですね。

それでも親の職業を親の背中を見ていて継いでしまうということがままあるんですね。
私の大学時代の先生の持論はそうで、先代のノウハウは次世代にも引き継がれていくべきだとよく言っていました。ですから、職業は世襲すべきだとの論者でした。その論法で行くと私は親の商売「学校の先生」を引き継がなくてはならなかったのでしょうが、引き継ぎませんでした。私だけではなく兄弟全員が引き継ぎませんでした。

でも違う場合もあるんですね。
森山良子さん森山直太郎君が母子であることは皆さんご承知の通り。
二人とも大変有能なシンガーでソングライターだって言うことはもう皆さんの異論の無いところでしょう。
お母さんの森山良子さんといえば「さとうきび畑」がどうしても出てきます。
初めて聞いたのがNHK「みんなのうた」だったのですが、とっても難しい歌です。
森山さんだけではなくたしか「みんなのうた」では別のヴァージョンもあったと記憶していますが、
「ざわわ、ざわわ、ざわわ 広いさとうきび畑は
ざわわ、ざわわ、ざわわ 風が通り抜けるだけ

の歌詞の「風が通り抜けるだけ」の表現が実に難しい。
音の上下を慎重に滑らかに歌わなければ感情が伝わらない。
暑い日差しの中の青々としたさとうきび畑をざわわと音を立てて風が吹いているだけ
その寂寥とした感覚は、静かな悲しみを湛えた風の音だけが聞こえる。たぶん、それが出来たの当時は森山良子さんだけで、私はそれによってこの曲が森山良子さんの曲になりえたと今でも思っています。

息子の直太郎君は彼自身を有名たらしめた「さくら」の中でお母さんの歌った寂寥感
舞い散る「さくら」で表現します。お母さんのうたった悲惨な戦争を思う寂寥感ではなく
友の旅立ち別れをへの思い「寂寥感」です。

今なら言えるだろうか 偽りの無い言葉
輝ける君の未来を願う 本当の言葉
移り行く街はまるで 僕らを急かすように

さくら、さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる瞬間を信じ
泣くな友よ 今惜別の時 飾らないあの笑顔でさあ

友への思い、分かれの寂寥感が見事に表現されていると思います。
それを独唱で歌いきることにより、母の背中を見ながらではあるでしょうが
確固たる地位を築きつつある。直太郎君の曲はそのほかの曲もそんな思いがあふれていて確固たる自分の世界を築いているようです。

こんな親子も居るのだなと思います。

少なくとも親の思いはその核の部分だけでもバトンタッチしていきたいと思います。
こんな変な親ですが、親にバトンタッチしてもらったものをバトンタッチしたいものはバトンタッチできたかなと思う今日この頃です。

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