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2006年10月

充電中

ストレスが溜まりすぎて、ちょっと電池切れ状態の私です。仕事もひと段落で今秋休みをもらって充電中です。ブログを読み返していてもすごく攻撃的で『王蟲』の攻撃色が出っぱなしですね(笑)
(だから、墨攻の話や宮崎アニメの話を振ってもらうと大変安らぎます!どうもありがとう!!)
お休み中何をしているか(する予定か)といいますと、主に荷物の整理…別に引越しするわけではないですが。いままでウン十年の人生で10回以上の引越しを経験している私ですが、そんな状態ですと何年も開けていない段ボール箱の5つや6つは軽くあるものです。その中に入っているであろうはずのものが見つからなくて同じものをまた買うという経験を何度もしています。始末に負えないのが本です。同じ本が何冊も出てくる。
だから荷物の整理=本の整理が先ず最初の仕事です。
大体本が多すぎて、本棚に収まりきらないというのは最悪の状態です。
確かに「耳をすませば」の雫のように本に囲まれて過ごす毎日というのも悪くはありません。もっとも私の場合は小説を書くでもなく無駄知識を溜め込む類の「高級遊民」にあこがれているに過ぎませんが。
どうもいかん事ですが蟻塚亮二さん著の「うつ病を体験した精神科医の処方箋」という本を読んでいますと私の行動パターンは「多思寡動」(動くより考える)みたいで、なんか理想家チックなところがあって最も「うつ」になりやすい…。だから少し秋休みをもらって「寡思多動」(考えるより動く)をモットーにして行動したいと思います。
本の整理、ネット上ではメルマガの整理。(もう休刊宣言出してしまいました)。HPの充実。もっと散歩して木工に精を出して(主に錆びかけた工具の手入れ)など、盛りだくさんに考えています。もっと映画も見て小説や漫画も読んでブログも更新していこう!!


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朝日はもうのぼるよ…

何か今日はまだ書き足りない!

だから連続投稿です。

前にちょっと書いたことありますけど、「男らしいってわかるかい」って歌のこと。
Bob Dylanの「I Shall Be Released」っていう元歌に大塚まさじらが訳詞をつけて歌ってたものです。いわゆるプロテストソングです。
元歌の「I Shall Be Released」の歌詞はかなり抽象的なんですが、「男らしいってわかるかい」は訳詩というよりは元歌の精神を受け継いだ「解釈詞」とでも言うべきものなのかもしれません。

その訳詩の方を一部紹介しますが

奴らは楽なほうをとるのさ
誰とでも手をつなぎながら
でも俺は断じて俺の
考えどおりに動くんだ

奴らとは何か…もちろんこの歌が歌われた当事もは「資本家」なんぞと申しましたが、今では「楽に稼げるお金持ち」と翻訳?した方がいいかもしれません。
私の会社の場合なんか、ある大手外資企業の子会社の外資企業の子会社なもので、いったい誰なのか分かりもしません。随分上の外人の取締役ですら雇われですから。
もしかしたら今頃どこかのリゾートでマティーニかなんかをプールサイドで飲んでいるかもしれません。
別にその人たちを恨んでいるわけではありません。でも、リストラや派遣の首切りなんて全く知らないで生活しているんだろうなと思ったらちょっと腹が立ちます。

「男らしいってわかるかい」はその解題としてこう歌います。

男らしいってわかるかい
ピエロや臆病者のことさ
俺には聞こえるんだ彼らの
おびえたような泣き声が

リストラや派遣の首切りを甘んじて受ける我々を見透かしたように…。
断じて自分の考え通りに生きられたらどんなにか清々することだろうか。

ごちゃごちゃと色んなことを書いてしまいましたが、今目が赤くって「王蟲(オウム)」の攻撃色が出ている状態ですので…。

最後に「I Shall Be Released」では繰り返しこう歌われます。

I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.

この部分を「男らしいってわかるかい」ではこう訳しています。

朝日はもうのぼるよ
少しずつだけどね
その時その日こそ
自由になるんだ

朝日がのぼり、わたしを捉えている何かから自由になる日が来ることを祈りつつ…。


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銀英伝もう一度

「銀河英雄伝説」がなぜ人々に支持されるのかなどということを考えていました。
その一つには多彩でリアルな人物像が生き生きと描かれているからでしょう。

極めて優れた用兵家として描かれる自由惑星同盟のヤン・ウエンリーと銀河帝国のライハルト・フォン・ローエングラムを筆頭にして、その各々に連なる人物たち。それが実に生き生きと描かれている点でしょう。
ヤン・ウエンリーとライハルトは常にお互いを意識し尊敬すらしつつ、敵として戦いその戦略や戦術の中でしか語り合うことを許されない関係です。
ヤンは常にその後輩に軍事独裁を恐れる自由惑星同盟政府の妨害を受けつつ、ラインハルト門閥貴族らに行く手を阻まれつつ、各々違う自分の信ずるもののために、その地位とはかかわりなく常に前線で戦い続けるのです。
そこには常に、その二人のことを信じてヤンには「伊達や酔狂での革命」を行う連中がラインハルトのもとには、「矜持にかけて黄金獅子死守」しようする将帥たちが集まり、お祭り騒ぎを始めるのです。

1

その二人ですがバーミリオン会戦後ただ一度だけ直に会見するのですがその中の一部です。
ヤンはラインハルトに「嫌いな奴はいないのか」と聞かれ
「私がきらいなのは、自分だけは安全な場所に隠れて戦争を賛美し、愛国心を強調し他人を戦場にかりたてて後方で安楽な生活を送るような輩です。こういう連中と同じ旗のもとにいるのは、耐え難い苦痛です。」
またヤン・ウエンリーは
「あなたはちがう。つねに陣頭に立っておいでです。失礼な申し上げようながら、感歎を禁じえません。」
ラインハルトはそれに対し
「なるほど、その点だけは私を認めてくれるのだな。素直に喜んでおこう」
と答えます。
最前線で尊敬される指揮官は、常に最前線に出ている最高指揮官なのだです。「銀河英雄伝説」がずっと愛され続けているもう理由の一つは、「武侠小説」と同じで、後ろで旗を振る奴らを絶対に許さないという点にあると思います。

私を支配している「株主の方々がは」顔も何も分からないし誰なのかを知らない私は怨嗟の声を上げる方法を知りません。経済は軍隊ではないですから、私が考えている以上に複雑に出来ていて、そんな人たちは存在しないのかもしれません。しかし、私の知っている「指揮官」たちは決して前線のことを知らないのは確かです。そして前線で指揮しているようには見えませんが、それは私の目が曇っているからなのでしょうか?


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映画とアイデンティティー

ちょっと映画の話題から遠退いていたのでまた映画の話題です。
「韓流」や「華流」を期待している人には余り期待しないでくださいね(笑)

といいながら、やっぱり中国の映画や韓国の映画の話ですが。

最近「草葺の学校」(1999年 シュイ・コン監督)と「山の郵便配達」(1999年 フォ・ジェンチイ監督)の2作品を見ました。佳作です。
何れも、淡々と中国の田舎の様子を描きながら主張している!
「中国の小さなお針子」って映画(私好みのジョウ・シュンの映画ですが)あれはやはりフランス映画だなと思いました。
宮崎駿が言った「もっとも日本的なものが、もっと国際的なのだ」と言うのは裏返せば、「人間の本質に変わりかあるわけではない」ということなのでしょうか。語っているのは政体や主義主張なのではなく、人の持つ本質なのだということなのでしょうね。それをその国のメガネを通してみているということなのでしょう。そうしなければ本質が見えてこないのかもしれません。BSの「アジア・フィルム・フェスティバル」で見逃した方はぜひDVDを借りて見てください。佳作です。

「マルチュク青春通り」(2004年 ユ・ハ監督)も見ました。久しぶりに佳作だと思える韓国映画です。軍事政権下の高校の話ですが…。今をときめくクオン・サンウの主演映画です。「軍事政権下の韓国」というメガネ(=フィルター?)を通して描かなければ、ただの友情~恋愛~喧嘩~失恋の映画だったのでしょうけれども、「今は違うけれども軍事政権下の韓国」のフィルターを通すことで「佳作」たりえた映画なのだと思います。

私は、ことさらに「ナショナリズム」を吹聴することを嫌う人間ですが、「ナショナリズム」を語ることと、「アイデンティティー」を語ることは違います。同じことのように見えて大きな違いがあると思います。「ナショナリズム」は「国策映画」を生み「アイデンティティー」は「国際映画」を生むのではないでしょうか?

今の、こっちに伝わってくる「ハリウッド映画」や多くの「日本映画」は「アイデンティティー」を通して語ろうとしていないから面白くないのかな?


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日本人の琴線

今日息子と話をしていて、「そういえば『ハウルの動く城』をまだ見ていないね」って話になりました。
この息子というのが子供の頃から変なやつで(今でも変ですが)、1987年生まれの彼ですが,まだよくしゃべれない頃から「となりのトトロ」(1988年 宮崎駿監督)毎日のように見て育った人で、いまや宮崎駿の信奉者のひとりとなっているようです。

宮崎駿といえば、NHK第1回製作アニメ「未来少年コナン」(1978年 宮崎駿、高畑勲、早川啓二演出)全26話、当事まだ高かったレーザーディスクを買い、レーザーディスクのBOXまで購入した思い入れのある作品です。

「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)
美少女を見て「可憐だ」という五右衛門もせりふは今でもうちで使われています。
クララは可憐過ぎるし、ルパンもかっこよすぎです。

「風の谷のナウシカ」(1984年)
宮崎駿の本格的な映画デビューと言って差し支えない作品でしょう。
「七人の侍」に匹敵するほど名セリフの連続です。
「この者、青き衣をまとい、金色の野に降り立つべし。おお!言い伝えはまことであったのじゃ」
「ユパ様、これをもっていってくださる。気流が乱れてうまく飛べないの」
などなど、よくうちの会話にも出てきます。

「天空の城ラピュタ」(1986年)
「目が、目が」といって目を押さえる。(ムスカのセリフ)
これも、うちでは頻繁に出てくるギャグです。

「となりのトトロ」(1988年)
誰かが物を頼んで「ねえ、明日?明日!」
「お前はメイチャンか!」
このボケと突っ込みは頻繁に登場します。

「魔女の宅急便」(1989年)
「気取ってやんの」黒猫のジジのセリフ。これも良く使われています。

「紅の豚」(1992年)
「飛べない豚はただの豚さ」これは私が良く使います。
ポルコロッソはほんとにカッコいと思います。私の息子はフィオ・ピッコロ嬢が好みだそうです。(私は、ジーナもフィオも範疇ですが!)
一般の評価は低いようですが、私の一押しの作品です。

以下2つは評価が高いものですが、時代が最近過ぎて余り見ていないからか、余り話題には上りませんが、佳作です。
もののけ姫(1997年)
千と千尋の神隠し(2001) 年

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また脚色に宮崎駿がかかわっている「耳をすませば](1995年 近藤喜文監督)も好きな作品です。

このように、宮崎駿のアニメは私の家に根づいているのです。
宮崎駿のアニメは舞台を日本以外に求めることが多いようですが、多分最高傑作の「となりのトトロ」の世界がやはり基本にあり、この作品は多分埼玉県辺りの自然を背景に描かれたものなのだと思いますがこれが、やはり日本の風景で関西人の私の琴線にも(もちろん幼かった息子の)触れるのだと思います。
宮崎駿が何かのインタビューで言っていたことですが「もっとも日本的なものが、もっと国際的なのだ」と。これはどういう意味なのか。これは、きっと特定の人々の琴線に触れる作品はそれを共有しない人々の琴線にも共鳴するということなのでしょうか。

さて息子さんの監督した「ゲド戦記」はいかがでしょうか?


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秋は深まりゆく…

10月31日「諸聖人の祝日」の前夜を「ハロウィン」といいますが、毎年、甥や姪たちは思い思いの扮装でお菓子をもらいにやってきます。(節分には当然鬼の扮装でやってくるのですが)
だから、うちの玄関もそれなりの飾り付けになります。デジカメでパチリ!

Halloween

ついでに家の周りを一回り。
従弟が長崎にいた頃に送ってくれた茂木ビワを実生で家内が育てたもの。一昨年ぐらいから小さいながら実を付けるようになりました。来年はちゃんと摘果して、袋かけもしてやらなくては。

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福岡に住んでいた頃植物園で買ったアケビの実。その種からこれも実生で家内が育てたのですが、今年も一杯実をつけました。

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一昨年位に、苗から育てたゴーヤー。そのこぼれ種から芽が出て、昨年は越冬して春には実をつけました。その2代目が今年ももう芽を出してこんなに大きくなっています。ゴーヤーの種は芽を出しにくいといいますが、こぼれ種から芽を出し鉢植えにして室内において置いただけなのに、ちゃんと花も咲き、人工授粉させてやると、小さな実までつけるんですから驚きです。

Photo_22

ビワにしても、アケビにしても、ゴーヤーにしてもその生命力には恐れ入ってしまいます。
その生命力を少し私にも分けてもらえませんでしょうか?

うちは鳥の楽園みたいなところで、ビワも柿も殆ど鳥たちに食べさせてしまいます。
でもアケビは「ハロウィン」までに収穫しよう。そこまで鳥たちにやることはないでしょう。


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払拭!

学生時代特使った言葉です。広辞苑によると

ふっ‐しょく【払拭】はらいぬぐうこと。すっかり取り除くこと。「古くさいイメージを―する」

だそうです。
今日2本映画を見てしまいました、
「親切なクムジャさん」(2005年 パク・チャヌク監督)
「ニライカナイからの手紙」(2005年 熊澤尚人監督)

「親切なクムジャさん」のパク・チャヌク監督はオールド・ボーイ(2003年)の監督で復讐シリーズだそうです。イ・ヨンエさんが主演だったのに、もうあまり語りたくない!!。(内容も出来も最悪です。なんでこんなに救いのない映画が作れるかな。映画を見ることは業なのですか!!!少なくともこんな映画は、いくらイ・ヨンエさんが主演でも、普通の劇場公開するべきではい映画です。マニアがひっそりと見るのはいいでしょう。まだ「オールド・ボーイ」は許せても、この映画は私の範囲の全く外側です。皆さん決して見てはいけません。ホラーなら許せるが、この映画が、何が言いたいのか全く分からない。復讐する?それで?問題はそこからでしょう。そこからを描けないのならば映画を作る資格はないとまで言いたい。オールド・ボーイが受けたからなんて言い訳は絶対に許しません。)

「ニライカナイからの手紙」は熊澤尚人監督の長編第1作だそうです。これは佳作です。複線も何もないこの一本調子の映画をここまで見せる映画にしたのは、監督の並々ならぬ力量でしょう。
安里風季役の蒼井優が実にいい。名優の平良進さんも実にいい。本当のことを語れなかったオジイ(平良進)の頑固で抑えた演技が実に光った映画です。この映画は久しぶりに泣いてしまいました。オカア(南果歩)の真実を知るまでの安里風季(蒼井優)が実に生き生きと撮れている佳作です。ただ、真実を語る部分が少し長すぎるのが難点です。もっと余韻を残すように終わるべきかな。

結局今日は「佳作」と「駄作」の二つを見てしまいました。「駄作」のほうが余りにひどかったので…。でも「佳作」で払拭して今日は終わりです。


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「青色の正門」の意味

以前から見たかった「藍色夏恋」(2002年 イー・ツーイェン監督)を見ました。思った通りの映画でした。

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グイ・ルンメイ(モン・クーロウ役)特にはいい!!始めはリャン・シューホイ(リン・ユエチェン役)が可愛いと思わせつつ、最後にはグイ・ルンメイのファンにさせてしまう。

「藍色夏恋」は「藍色大門」というのが原題です。イー・ツーイェン監督はそのインタビューの中で「『藍色大門』は美しい情景と未来への祝福を象徴している」とも、「自分なりに『青色の正門』を解釈してほしい。模範的な解釈で見る必要はない」ともいっています。思春期から大人になろうとするときに必ずくぐらなければならない「青色の正門」という意味であることは間違いないでしょう。
その題名も、その映画の一部なのだということなのは間違いありません。その題が単に識別の記号としての意味しか持たない場合もありますが、時にはその題名の解題のために本編がある場合があります。この映画「藍色大門」はまさにその後者で、題名を「藍色夏恋」としてしまっては下手をすると、映画の価値を損なってしまうと思いますが。
(配給会社の人間て、なんて無駄なことをするのだろう。日本公開時にこんなにいい題名にしてあげたと自慢する、元配給会社の社員の映画評論家もいますが、ほんとにそう思っているのだとしたら、悪辣きわまりない!!!)

モン・クーロウとリン・ユエチェンは親友の女の子。親友リン・ユエチェンはチャン・シーハオという男の子が好きなのだけれどもどうしてもそれを告げられない。モン・クーロウはその仲介をするためにチャン・シーハオに近づくのですが…。結局モン・クーロウはリン・ユエチェンとの友情とチャン・シーハオとの恋の間で悩み続けることになるのです。

「結婚生活」は「恋愛→夫婦愛→家族愛→人類愛」に変貌していくと聞いたことがありますが…。蓋し名言と思ったのですが、誰の言葉か覚えていません(良くあるジョークの類だったかもしれません)
夏目漱石は「こころ」の中で「私」が「先生」の所に来るのは
「恋に上る楷段なんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」
と、いいます。
ならば「友愛」→「恋愛→夫婦愛→家族愛→人類愛」という変遷になるのかな。
いや違いますね。こんな風かもしれません。

2_1

「青春、朱夏、白秋、玄冬」人生をこのように表現するそうですが、私はもう青春は過ぎ去り朱夏の年齢です。確かに「青色の正門」をくぐりました。イー・ツーイェンが言うようにやはりそれは人それぞれのものなのでしょう。

とにかく、この映画は夏に時折吹く涼しい風が、汗をかいた頬をすり抜けていったような映画です。このあと、この3人はどんな「藍色大門」をくぐっていったのでしょうか?

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クスクスの味

「ルーツ」って知ってますか?
ピューリツァー賞受賞作家のアレックス・ヘイリーの小説「ルーツ」のことです。(缶コーヒーの名前じゃないですよ)日本では芥川賞作家の安岡章太郎氏らの翻訳で、またTV映画で有名になった小説です。
黒人奴隷の出身のアレックス・ヘイリーはそのルーツ(根源)を遡り、遂には自分の祖先がアフリカのガンビアに起源にあることを突き止めそこを旅するのですが。物語はアフリカからアメリカに連れて来られた祖先「クンタ・キンテ」からいかにして「アレックス・ヘイリー」にまでたどり着くかを書いた壮大な物語です。
そのアフリカのシーンでよく登場するのが「クスクス」という食べ物です。一応農学部出身の私ですから、それがスパゲティーやペンネなどの原料デュラム種の小麦を砕いたものであることは知っていました。しかしそれを口にしたことはありませんでした。

Photo_18

先日家内とK百貨店をウロウロしていたときに偶然フランスの「FERRERO」という会社の「Couscous」を発見しウォーと声を上げてしまいました。「Couscous」つまり「クスクス」です。(ついでに乾燥しただけの蚕豆も発見しましたので買ってまいりました。その報告はまた別の機会に)
早速ネットで検索したところ、トマトソースで鶏肉などと食べるとありました。今日の夕食は鳥のペンネにすると妻が言うので、無理やり「クスクス」も作っておいてと頼んでおきました。

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ペンネは「ねっとり、もっちり」した食感、クスクスは小麦臭い「パサパサの食感」でした。でも「あのクンタ・キンテ」はこれを食べていたのかと感激ひとしおでした。
ガンビアではどんな風に食べていたのか、私の想像の範囲外です。ただこれは確かに人の食べるものであり、日本人が適切な調理方法を知らないだけで本当は「おいいしい」と言えるものだとの直感はありました。できれば、日本人にあった「クスクス」の調理方法を探せればとおもうのですが…。


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自転車に乗って

頭の中のジュークボックスの話をしましたが、今日は高田渡さんの「自転車に乗って」
「自転車に乗って、ベルを鳴らし…」
まだ小さかった娘や息子の前で何度もギターを弾きながら歌ってやった曲です。

(写真は3台目と4台目のギターです。歌ってやったのは2台目でした。)

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「僕がこの世にやってきたときぃ~」を兄から教えられたときは衝撃的でした。
それは「系図」という高田渡さんの曲でした。
「疲れ果てては、夜空と陸との隙間にもぐりこんで」山之口獏の「生活の柄」に曲をつけた高田渡さんです。

高田渡さんが自作「自転車に乗って」の前に歌っていた「ハイカラ節」を思い出します。
でも、ネットで調べたのとは若干歌詞が違っていました。
高田渡さんのはこうだったと思います。

チリリンチリリンとやってくるは
自転車乗りの 時間借り
曲乗りなんぞと 生意気に
両の手放した シャレ男
あっちへ行っちゃ あぶないよ
こっちへ行っちゃ あぶないよ
それあぶないといってるまに
ころがり落っこった

ネットで調べたのは
「ハイカラ節」(神長瞭月 作詞/作曲)の2番ですが
チリリンリンと やってくるは
自転車乗りの 時間借り
曲乗りなんぞと 生意気に
両の手放した シャレ男
あっちへ行っちゃ ヒョーロヒョロ
こっちへ行っちゃ ヒョーロヒョロ
それあぶないといってるまに
ころがり落ちた

明治の頃の歌で、CDもレコードもない時代少々の伝わり方の違いがあって別ヴァージョンが出来たのでしょう。

(私の記憶違いかもしれません)

高田渡さんも、昨年お亡くなりになりました。
私に影響を与えた人がどんどん死んでいく…。
などと、落ち込んではおられません、私の人生はまだまだ長大です。
次の休みには「自転車に乗って」どこかに出かけましょう!!!


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神話は神話?

「ワニ&ジュナ ~揺れる想い~」(2001年 キム・ヨンギュン監督)のあのキム・ヒソンさんが出ている「THE MYTH 神話」(2005年 スタンリー・トン監督)を見ました。

Myth

他国から秦の始皇帝のに嫁いでくる王女「玉漱」をキム・ヒソンさんがされています。(やはり実にお美しい。私にとってはハ・ジウォンさんと並ぶご贔屓の韓国女優さんです。ワニ&ジュナはまたいつかゆっくり語ります)その警護の将軍「蒙毅」をジャッキー・チェンがやってます。秦の始皇帝の将軍で「蒙恬」は史記にも登場する名将ですが、宦官の「趙高」らの罠にはまり皇子の「扶蘇」とともに葬られます。まあその悲劇性を出すためで「蒙」という同じ苗字にしたのかもしれません。

この王女がどこの国から来た人なのか物語りは詳しく語りはしません。
もし本当のキム・ヒソンさんの生まれた朝鮮半島から来たのだとすれば箕子朝鮮の王族ということなのでしょうか?でも陸続きの朝鮮半島から来るのにわざわざインドを通って来るのもおかしいですよね。キム・ヒソンさんはどう見てもインド人には見えないし、それより西の国から来た人だとは思えない顔立ちですもんね。(あの顔どう見ても東アジア系の顔です)
この時代日本はまだやっと弥生時代になったばかりです。始皇帝崩御が紀元前210年で日本が中国の史書に登場するのは、後漢の初頭時代に班固が書いた『漢書』地理志ですが、それ以前の文献にも西周の「成王」(紀元前1025~1005)に薬草を倭国から献じてきたとの記述があるようですから、日本人かも知れません。倭国から船出したものの、流されてインドまでたどり着いて後は陸路を通ったとか…ありえませんね。

また、当事はもしかしたら主に用いられていた武器は「刀」(片刃)で「剣」(両刃)ではなかったかもしれません。どう見ても「刀」を持っているのは現代インドの兵士だけのようで、古代中国のシーンではいわゆる「剣」しか出てきません。歩兵の武器はたしかに戟、矛だったようですが、この時代だったらまだ「戈」を持った歩兵も出てきてほしかったところです。(特に秦は中国を平定したといえども、後進国だったわけですから)

まあ、時代考証には若干難がありますが、物語的には面白いから見て損はないです。少なくとも「レンタル料返せ」とはレンタル屋さんの前では叫びません(笑)

でも、師弟関係も、義侠も出てこないから、これはやはり「SF的伝奇的恋愛映画」というところなんでしょうね。

「グリーンディスティニー」「HERO」「LOVERS」―― 興奮はいよいよ頂点へ

なんて書いてたサイトもありましたけれどもTheta2的には「武侠映画に非ず」です。
「HERO」はまだ見ていませんが、「LOVERS」と「THE MYTH 神話」が「武侠映画」だといったら、「武侠映画」ファンは困ります。
でも、映画としては「グリーンディスティニー」も「LOVERS」も「THE MYTH 神話」も面白いから見て損はないと思いますよ。
おまけで、うちの玄関を守る「兵俑くん」を紹介しておきます。

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雨が降れば川底に沈む橋

「かんじクン」(私の主治医)の仰せに従って、今日も少しお散歩を。
この間よりもさらに秋の風情が色濃くなっています。
「晴れたらいいね」(作詞・作曲吉田美和 DREAMS COME TRUE)
  山へ行こう 次の日曜 昔みたいに
  雨が降れば 川底に 沈む橋越えて…
ドリカムのこんな歌を口ずさみながら歩き始めました。
庭の柿ももうこんなに実っています。

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子供の頃よく遊んだ辺りはどうなっているだろう、というのが今日の散歩の目的です。よく遊びに行った山(里山なんていいかたしますが、どうも造語っぽく、いかにもインテリが付けた名前のようで大嫌いな言葉ですが、いわゆるそういうところです)
ああ、もう栗も成っている。

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農道の傍らには蕨もある。よく登った崖はどうなっているかと思ったのですが、草が生えてしまったのか見つかりません。

コスモス畑に変わってしまっている休耕田。
手入れが余り行き届いていない農地が広がってしまっていて…若干落胆。

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そしてあの山の向こうには。

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10年ほど前にあの山の向こうにゴルフ場が出来、ここらの山は完全に保水力を失ってしまっています。だからこの辺りは大雨が降ると小川が氾濫して水浸しになってしまっている可能性があるのです。その上、ゴルフ場や田畑で使う除草剤や農薬。昔は魚も棲み、蛍も舞う小川だったのに…。

「晴れたらいいね」じゃないけど、 今じゃ、「雨が降れば 川底に 沈む橋」も出来てしまうのですよ。

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開発・利権・自然破壊…。
帰ってきて、体は心地よく疲れたのですが、心も少し疲れてしまいました。


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アジア映画だけ花盛り?

2006 今日は久しぶりに昔慣れ親しんでいた大阪のある界隈を仕事でうろつきました。
XXセンターの掲示板に「大阪アジアン映画祭2006」のポスターを発見。ご興味のある方は下記をご覧ください。(アジア映画ファンなら先刻承知でしょうけど)

大阪アジアン映画祭2006

この頃多いですねこの手のイベント。今年の春ごろにも韓国映画のイベントやってて、そこで「愛しのサガジ」や「デュエリスト」を見たのを思い出しました。
ほんとは今日は「THE MYTH 神話」にキム・ヒソンさんが出ているらしいのを知ったのでレンタル屋さんに行くつもりだったのですが、歩きすぎて疲れて断念。明日にしよう。(でも3連休だから混むかな~)

先日、WOWOWで録画していた「蝉しぐれ」(2005年 黒土三男監督)原作も読んだし、TVドラマ版も見たし比較のためにそのうち暇があればと思っていたんですが、見てしまいました。
意外と良かった。原作は名作ですし、TV版も評判が良かったので、先ず失望するだろうと思ったけど、意外と良かった。先にTV版があったりすると映画にしたとき妙に奇を衒った演出をしたりするじゃないですか。確かにストーリーの簡略化などは気になりはしましたが、原作の雰囲気を壊さないいい映画だったのではないでしょうか。(「秘剣村雨」が出なかったのが多少心残りではありますが、利重剛がなんとなく試合の後に教えている風ではあったのですが…)
牧文四郎役の市川染五郎もなかなかいいじゃないですか。(さすがに梨園の御曹司だけあってあまり下級武士っぽくは無かったけれども)
この間の「フライ,ダディ,フライ」といい、これといい日本映画界もまだまだ捨てたものではないのかもしれません。
ここのところ、アジア映画に押され気味の「日本映画」ですが日本映画クロサワやミゾグチやオズが居なくてもがんばってほしいものです。


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私の3大恋愛映画

WOWOWで久しぶりに「恋はデジャ・ブ」をやっていたので、見ました。見終わってこれはお勧め恋愛映画のベスト3に入るなと思いました。えっ!後の二つは何だろう…?
悩んだ末(ほんとは余り悩まず)
アメリカ映画部門では下記3作に決定します。

「恋はデジャ・ブ」(1993年 Harold Ramis ハロルド・レイミス監督)
「フォロー・ミー」(1972年 Carol Reed キャロル・リード監督)
「妹の恋人」(1993年 Jeremiah S. Chechik ジェレマイア・S・チェチック監督)

Photo_8 「恋はデジャ・ブ」
Bill Murray ビル・マーレイ  (Phil)
Andie MacDowell アンディ・マクドウェル  (Rita)
主演の役者さんがそんなに好きなわけではないです。どちらかといえば「ビル・マーレイ」は嫌いなほうに属するかもしれない。監督の狙いはそれか!とひざを打つ作品ですね!
それに、人間は一日?で変われるものなのだと!この映画のアンディ・マクドウェルは綺麗だったな。

Followme 「フォロー・ミー」
Mia Farrow ミア・ファロー  (Belinda)
Topol トポル  (Cristofornu)
Michael Jayston マイケル・ジェイストン  (Charles)
あのウディ・アレンの元恋人「ローズマリーの赤ちゃん」の「ミア・ファロー」とあの「屋根の上のバイオリン弾き」の「トポル」の映画。心が温かくなる映画です。
人を愛していることと愛されていることはどういうことなのか?自分はどう思い恋人のことを見ているのか、恋人はどう思い自分のことを見ているのか?そんなことあんまり恋愛中には考えないのかもしれないけれども、自称名探偵が間に入ることにより見えてきます。恋愛中のカップルはぜひご一緒にご鑑賞を。

Photo_9 「妹の恋人」
Johnny Depp ジョニー・デップ  (Sam)
Mary Stuart Masterson メアリー・スチュアート・マスターソン  (Joon)
Aidan Quinn エイダン・クイン  (Benny)
Julianne Moore ジュリアン・ムーア  (Ruthie)
「恋しくて」でショートカットでボーイッシュな高校生をやってたあのメアリー・スチュアート・マスターソンが、すこし神経を病んだ娘を好演。それにしてもジョニー・デップの変さ加減は常に同じですが、この変さは好きな変さかな?エイダン・クインとジュリアン・ムーアの普通の恋人役も光るものがあります。「そう、そういう恋愛もありだな、うん絶対ありだ!」と見終わったあなたは心に思っているでしょう。

次点以下も当然たくさんあります。
「ティファニーで朝食を」「天国から来たチャンピオン」「草原の輝き」「コヨーテアグリー」「セレンディピティー」「あなたが寝ている間に」「ローマの休日」などなど一杯あります。ちなみに家内は「プリティーウーマン」「ノッティンブヒルの恋人」「プラクティカル・マジック」だそうです。夫婦なのに一つも重なっていませんね(苦笑)
日本映画、アジア映画にも一杯あります。それはまたいずれ…。


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鳥のように飛びたい

父親にとって、「家族を守ること」がやはり最大の目的でしょう。それはそう教えられてきたから(親から、社会から、日本の文化から、やその他もろもろのものから)のせいには決してしたくない。自分が選んだことだと叫びたいのですが…。
よく登場する金庸さんは、その著書「書剣恩仇録」の日本語翻訳版が徳間書店から出されるに際して「日本の読者諸氏へ」と題した文章を書かれています。その中に
「中国の侠士の基本的な考え方は。日本の「武士道」とも違いがある。日本の武士道の中心は「忠」である。中国の任侠道の中心は「義」である。孟子の言う「生を捨てて義を取る」であり、義が命より大切なのである」
とあります。
自分が命を捨てて「義」をとるかどうかは別問題として、私は「忠」をとりたいとは決して思わない人間です。
少なくとも戦後の日本人は「忠」を捨てるために「個人主義」を「アメリカ」選んだはずだったのに。そう極端に言わないまでも「忠」ではなく「世界平和」のための「義」を取ったはずではなかったのですか、日本国は?
今、人生で2つ目の外資系企業に勤めている私は日々そんな疑問に悩まされています。
「家族を守ること」と「短期利益追求」のために「忠」の日本人労働者を酷使する外資系企業とのはざ間で「ストレス」を強く感じる日々です。

Fdf_1フライ,ダディ,フライ」(2005年 成島出監督)という映画を見ました。
さえないサラリーマン(堤真一。でも毎日遅くまで残業して、企業に「忠」している人です)の娘(星井七瀬)がボクシングの高校総体のチャンピオンで有力国会議員の息子の(須藤元気)に殴られる。それを許せないサラリーマンは一念発起して在日の高校生 朴舜臣 (パク・スンシン=岡田准一)のトレーニングを受け、遂には高校総体のチャンピオンを叩きのめすという痛快な映画でした。やっぱり映画の中でサラリーマン氏も悩むわけです。「家族を守ること」とか「企業への忠」のこととか。

多くの日本のサラリーマンは「グローバル・スタンダード」化の元で、「ISO9000」「ISO14000」「SOX」を課せられています。「真面目で」「忠」な日本のサラリーマンは必死でスタンダードに自分の業務を合わせようと努力しているのです。リストラで人がどんどん減るし、派遣社員の首がどんどん切られる中で!!!!!
だから、その中で「家族を守ること」や「企業への忠」を取るのか、自分の心がどんどん病んでいく「自分自身」を取るのか。その中で「家族を守ること」と「自分自身」ということを両立させようと「企業への忠」を捨てるサラリーマン氏に惜しまぬ拍手を送ってしまいました。
だから、さえないサラリーマン氏にも、在日の高校生パク・スンシン君にも惜しまず拍手を送りたい。

Fdf_3  パク・スンシン君が最後にサラリーマン氏言う「飛べ、おっさん、飛べ」と。
「本物の中年のおっさん」としては中年のおっさんと落ちこぼれ高校生が共闘できるんだったら日本人も捨てたもんじゃないなと「素直に」思いました。


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どうも凝り性なんです。

いまは、メルマガとブログとにはまっています。漫画ばかり読んでいた時期もあり、武侠小説ばかり読んでいた時期もあり、木工にはまり込んだ時期もあり、ギターばかりを弾いていた時期もありました。

それが繰り返し波のようにやってきて複合して今の自分があるのですが。寝てもさめてもPC自作という時期もありました。この写真は私の自宅のパソコンの周辺を撮ったものです。
Bridget 自作です。(CPU=Pentium4 3GHZ M/B=ASUS P4P800SE)
Bridgetといいます。(バルドーじゃなくてブリジット・フォンダのBridgetですよ。)自作はもう1台ありますが、主に使っているのがこれです。もう1台は家内が主に使っており、娘と息子も1台づつ持っていますから計4台常時稼動して有線、無線LANで繋がっております。先日ご紹介した、「バムセ」もプリンターの横に座っています。
PC歴もかれこれウン十年になり、パソコン発展史の生き字引のようになりつつあります。

結構多趣味の人間ですが、さっきも言ったように波がありまして、複数のPC(MACを含め)をもてるようになった頃にPCをLANでつなぎ始めたのですが、PCには女性名をMACには男性名をつけることにしておりまして、MACには「Charlie」(チャーリーブラウンから取ってます)と名づけていました。

女性のほうですが上で紹介した、「Bridget」(ブルジット・フォンダ)「Phoebe」(フィービー・ケーツ)「Meg」(メグ・ライアン「LIV」(リヴ・タイラー)などがいましたが。

いま生きているのは「Bridget」さんと「Meg」さんだけです。両方とも自作機でしたので筐体のみ生き残って中身は何度か代替わりしていますが。(M/Bの仕様がATXから変わってしまったら、代替わりせざるを得ないのでしょうが)

こんなことを始めた頃洋画に凝っていたというのがお分かりかと思います。今は使っていませんが「Marisa」(マリサ・トメイ)というiPAC(PocketPC)もいらっしゃいました。(今度筐体が変わるときには「ハジウォン」だとか「ジョウシュン」なんて名前になるのでしょうか。)

今日でブログ初めて1ヶ月。もしかしたら、今まで溜め込んだ色んなものを吐き出す時期が来たからメルマガやブログをはじめたのかもしれませんね。


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「墨攻」が映画になるって!!

とあるブログ(劉徳華=アンディー・ラウさんのファンの方のブログ)をパラパラと見ていますと、「墨攻」が映画化されるとの情報があるではないですか!あの酒見賢一の「墨攻」が!
早速リンクを辿って見ていきますと「伝説のコミック完全映画化!10万人の敵にたった1人で挑んだ男」ですと!伝説のコミック完全映画化!?あれは「伝説のコミック」なんじゃなくて酒見賢一の「伝説の小説」なんですよ!
主演のアンディー・ラウはいいですよ。「LOVERS」や「インファナル・アフェア」で名演した、香港の名優だと思います。だから「革離」をきっとちゃんとやるでしょうし見ごたえもあるでしょう。しかし許せないのは原作を「コミック」としたところです。

Photo_7
もう一度言います。「伝説のコミック」なんじゃなくて酒見賢一の「伝説の小説」なんですって。コミック版と原作版の違いは私のメルマガに詳しく書いていますのでお読みください。

まんが談義に夜も更けて #9「墨攻」

原則的にまんがのことはメルマガで映画のことはブログでって決めて始めたんですが、その禁を少し破ってしましました。
でもこの映画「墨攻」はきっと見に行くでしょう。前売り券まで買って公開日に。
メルマガにも書きましたが、「市川崑」の「火の鳥」のように(市川崑でさえこんな大失敗を犯すのです)、またTVドラマ「水滸伝」(これも横山光輝が原作になっていましたし、なんと及時雨・宋江ではなく豹子頭・林冲が主人公になっていて、何ともひどい出来でした)のようにならなければいいのですが…。

まさか、「革離」ではなく「梁適」が主人公なんて話になりはしないでしょうね。(まさか「薛併」が主人公なんて事はないでしょうけど…でも何があるか分からないぞ…宋江ではなく林冲を主人公にする人間が世の中にいるのだから)
配役的には期待をしましょう。香港を代表する名優「劉徳華」(=アンディー・ラウ、きっと革離役でしょう)と韓国を代表する名優「安聖基」(=アン・ソンギきっと巷淹中役でしょう)が出ているみたいだし。
でも、黒澤明の「七人の侍」までとは言わないまでもまともな鑑賞に堪えうる作品になっていなかったらまた映画館の前で「金返せ!!!」と叫びますよ。


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その表情に惚れた!

「宮廷女官 チャングムの誓い」の後でBSで放送になった「チェオクの剣」これで最初に見た「ハ・ジウォン」です。
きりっとしていて、カッコいい女優さんだなという印象はあったのですが。
第8回「討伐対敗退」
補盗庁長官チョ・セウクと左補盗庁の従事官ファンボ・ユンとは捜査の過ちを王にとがめられ牢ににつながれているのですが…。
右補盗庁の従事官チョ・チオ(セウクの息子)が討伐対を指揮しチャン・ソンベクを討伐に向かうのですが、逆に全滅の憂き目に会ってしまいます。
チオの葬儀には補盗庁長官チョ・セウクは参列できるのですが、チオの討伐隊長としての非を責め、焼香をし、再び獄に繋がれために立ち去っていきます。セウクの娘ナニが兵に連行されてゆく父に「黄泉に旅立つ兄になんと薄情な」と責めるのですが、セウクは「チオは息子である前に、大勢の兵の命を預かる討伐隊長だったからだ。」と言い残し立ち去って行きます。涙に暮れるナニ、「黄泉の国に行ったら、心行くまで父と子として接しよう」と独り呟くセウク。それを後ろで見ているチェオク。
長々と書きましたが、その白装束の(韓国でも中国でも喪服は本来白装束です、日本でも一部にはその風習が残っているようですが)その顔のなんともいえない表情に惚れてしまいました。(完全に役になりきっています。セウク、チオ、ナニ、ユンそしてチェオク自身との複雑な関係を知りつつ、そういう表情にならざるを得ないのですが)

Jiwon01_1 そのあとは、映画追いかけました。

2000 真実ゲーム (キム・ギヨン監督)
スターの殺人事件にかかわる謎の多い高校生役。名優アン・ソンギと競演、チェオクの剣
でも競演のクォン・ヨンウンとも競演。映画としては面白い。特にアン・ソンギさんとのやり取りは特筆に価します。お勧めです。

2000 リメンバー・ミー (キム・ジョングォン監督)
主人公ユ・ジテの恋人役。ちょっと太りすぎかな?映画としてはいいです。特にキム・ハヌルがいい。映画としてはお勧めです。

2002年 ボイス (アン・ビョンギ監督)
ホラーの女王と呼ばれる。雑誌記者役。まあ、それなりの映画です

2002年 セックス イズ ゼロ (ユン・ジェギュン監督)
主人公イム・チャンジョンの憧れの的のエアロビクス部員。何でこんな役までするの!!でも綺麗さは一番かも。出来はまあまあ。ハ・ジウォンのファンとしては観ておくべきかも。

2003年 人生の逆転 (パク・ヨンウン監督)
パラレル・ワールドを行き来する主人公キム・スンウの恋人役。いい役です。(実に可愛い)これはお勧めです。

2003年 愛しのサガジ (シン・ドンヨプ監督)
法科大学生の奴隷になる高校生役.25歳で高校生かよ!チェ・ジウの例もあるからいいか!、でも作品的には最低!。

2003年 恋する神父 (ホ・インム監督)
恋する神父のクォン・サンウの相手役。多分彼女の映画の今までの最高傑作。結婚式でクォン・サンウたちと踊り歌うシーンは大変いいです。これはぜひ観てください。

2005年 デュエリスト (イ・ミョンセ監督)
人気男優カン・ドンウォンとの競演作。「チェオクの剣」と同じ原作を映画化。
映像綺麗さのみで中身のない映画。名優アン・ソンギとの再競演だけが見所。封切館に見に行ったのに金返せ!!

下の二つは見逃しているのが残念。
2004 足長おじさん (コン・ジョンシク監督)
2000 友引忌 -ともびき- (アン・ビョンギ監督)

と、まあ追っかけたわけですが、(TVドラマは殆ど見ていませんが)様々な役を器用にこなす役者さんでした。
いろんな表情を見せる女優さんが大好きです。悪女に見えたり、天使に見えたり、キャリアウーマンに見えたり、甘えん坊の娘に見えたり。その意味ではハ・ジウォンは今のところ世界中で一番好みの女優さんです。
作品の良し悪しにかかわらず、今後も見続けるでしょう。

01_1 「恋する神父」のクォン・サンウの最後の台詞
「どこで どんな姿でいても あなたを愛しています デオ・グラシアス」
そんな心境ですかね!


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